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彼女には、選んで貰おうと思ったんだ。妃になるか、自分の力で生きていくか。
アイリーンには、自分の死を知らせたく無かった。だから、留学した事にして、数年経った頃に留学先で亡くなった事にして貰うつもりだった。実際、死ぬ前に国を離れて、父や親類、民にすら真実を隠す手筈で、兄のリオネルだけが協力者として事実を知っていると、なる予定だった。
きっと、アイリーンは悲しむから彼女の為に……建前はだが。
本当は、彼女には格好いい僕だけを記憶に残しておいて欲しいんだ。優しくて、頼りになって、格好いい、シェルトという存在を。誰もが、シェルトを忘れ去っても、愛するただ1人の中で自分は生き続ける。そう思えれば、死ぬ事も怖くない。
これは、僕の最後の願い、僕の希望なんだよ、アイリーン。
ごめんね、情けなくて、我儘な奴で。
シェルトは、ゆっくりと目を開けた。どうやら自分は今ベッドの上で寝ているようだ。死んだ訳ではなさそうだが。
夢、だったか。
シェルトは身体を動かそうとするが、力が入らない。
「……ここ、は、兄上?……アイリーンは⁈」
「シェルト!」
シェルトは、勢いよく飛び起きようとしてベッドから転げ落ちそうになる。
「心配ない、無事保護した。ベッドに、戻りなさい」
リオネルは、シェルトを支えて寝かせた。
「そうですか……」
シェルトは、ホッと胸を撫で下ろしている。そんなシェルトを見て、意外と私の弟は子供っぽい所があるとリオネルは苦笑した。
「シェルト、以前も言ったが、治療を受けろ。生きる事を放棄するな」
「治療した所で、治らないんです。僕は時間を無駄にしたくない。治療している時間があるなら、好きな人と少しでも一緒に過ごしたいんです。だから、これでいいんですよ。兄上も、了承して下さいましたよね」
ふと脳裏に悲しむアイリーンの顔が浮かぶ。
「これが、僕の選んだ道です」
シェルトはそう言って、唇を噛み締めた。
「シェルト、もう一度言う。治療を受けろ。お前は死なない。いや、死なせない」
「兄上……僕は」
「案ずるな、優秀な医学に精通する者を連れてきた。その者の話では、お前の病は治るそうだ。この国では、不治の病だが、その国では薬もあり治す事が出来るそうだ」
リオネルの言葉に、シェルトは眼を見開き息を呑んだ。
「それはっ、本当なんですか⁈兄上!」
シェルトは、再び勢いよく飛び起きるが、頭がフラつき再びベッドに背をつけた。リオネルはそんな弟の姿に、学習しない奴だと笑った。
それと同じに、部屋の扉が開き誰かが入ってくる音が聞こえる。シェルトは、顔だけを傾けその人物を確認した。
「お久しぶりです、シェルト殿下。私の事を覚えておいでですか?」
何処かで見た記憶はある。だが、誰だっただろうか。シェルトは、回らない頭を必死に使い考えた。だが、思い出せない。シェルトは、顔を顰め黙り込む。
「まあ、随分時間も経っております故、無理もないですね。では、シェルト殿下。改めまして、クラウス・フリアスと申します」
フリアス……それは、まさか。
「アイリーン・フリアスの兄です」
クラウスから、病気の説明を受けたシェルトは、驚いた。
クラウスは、丁寧に病に付いて話をしてくれた。シェルトの病はこの国では、未だ不治の病と呼ばれているが、クラウスの留学先では、医学が発達しており普通に治る病だと言うこと。クラウス自身、医学を学ぶ為に留学していたという事も聞いた。
そういえば、クラウスは兄であるリオネルの友人であった。話す機会は余りなく、遠目で幾度か見た程度だったが、たまにリオネルと一緒に歩いていたのを思い出した。だが、それも随分前の話だ。いつの間にか姿を見る事はなくなったが、別段、気に留める事も無かった。だが、まさか留学していたとは。
そもそも、自分の事で頭がいっぱいで、アイリーンの兄の存在すら忘れていたくらいだ。我ながら、必死だったと苦笑いせざるを得ない。
「では、本当に僕の病気は治るのか」
「無論です。……ただし、これからちゃんと治療して頂けたら、ですが」
クラウスは、そう言ってシェルトを真っ直ぐ見据えた。
「そうか……分かった。クラウス、頼むよ」
シェルトの言葉を受け、リオネルもクラウスも顔を見合わせ笑みを浮かべた。
「で、シェルト。これからどうするつもりだ」
「どうする、とは」
主語はないが、リオネルの言わんとする事は分かったが、あえてシェルトは聞き返す。
「アイリーン嬢は、どうするんだ?と言っているんだ。アイリーン嬢は、今クラウスと一緒にいる。会って、話すべき事があるんじゃないのか?」
「……」
リオネルの言葉に、シェルトは黙り込んだ。
「シェルト。お前がアイリーン嬢を、好きなのを私は良く分かっているつもりだ。アイリーン嬢も、同じ気持ちだろう。ならば、直ぐにでも責任を取り正式に婚約をし、アイリーン嬢を娶るのが筋ではないのか。彼女もきっと、それを望んでいる筈だ」
確かに、リオネルの言う通りだ。彼女の処遇は今、かなり不安定な状態だ。実家にも帰れず、シェルトのパートナーともなれず。リオネルの妃候補として名は挙がっているが、本人はそれを拒否し逃げた。
病という、気がかりがなくなった以上、一刻も早く彼女の立場や名誉を回復しなくてはならないのだが。
「言えるわけないじゃないですか」
「シェルト……」
「今更、好きだなんて言えない。彼女を傷つけてしまった、僕にそんな資格はないんです」
死を目の当たりにして、正直情けないけど怖かった。
だから、せめて最後くらい好きな人と一緒にいたかった。好きな人の記憶の中で生き続けたいと願った。
自分本位だと自分でも理解していた。本当は兄上にだって、渡したくなかったんだっ!誰のモノにもなって欲しくないから、兄上に嫁がせる前に、彼女に1人で生きる術を教えた。彼女に、選んで欲しかった。僕が、いなくなっても、冷たく突き放しても、兄ではなく僕を選び想い続けて、1人で生きて行く道を……彼女ならきっと僕の為に……そう期待してしまった。
「僕はズルくて、穢い。彼女を縛って、そのまま逝こうとした。全て、僕のわがままだ。僕は彼女を不幸にしようとした男なんです。合わせる顔なんてないですよ……」




