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今し方まで、空気同然になっていたシェルトの兄であり、この国の王太子であるリオネル。因みにレベッカには、完全に無視されていた。王太子である筈なのに、昔から三兄弟の中で1番影が薄い。
「それにしても、少しやり過ぎじゃないのか?」
リオネルは呆れた顔をして、シェルトを見遣る。
「そうですか。僕は大した事してませんよ。ただ少しだけ駒を動かしただけです」
退屈そうにしていた、彼女を……作られたあの笑顔の下の本当の彼女を知りたい。気づけばそう考えるようになっていた。
「このままいけば、アイリーン嬢とユリウスは婚約破棄になり、アイリーン嬢は晴れて自由の身だ。そうしたら、お前はどうするんだ」
シェルトは、リオネルの言葉に暫し黙り込んだ。困ったような、寂しそうな表情を浮かべる。
「どうも、しませんよ……」
「まさかここまでして、責任を取らないつもりか」
「僕には、その資格はないので」
「シェルト、なら何故アイリーン嬢とユリウスを婚約破棄させるように仕向けたんだ」
シェルトは、唇を噛んだ。本当なら、アイリーンを婚約者に迎えて、何は結婚し、彼女を幸せにしたい。だが、自分にはその資格はない。
アイリーンを幸せに出来る時間など、自分には残されていないのだ。だが、どうしてもアイリーンが誰かのモノになるのが、我慢ならなかった。これは、自分の最後の我儘だ。
数年前、舞踏会でアイリーンを見かけた時、彼女は沢山の男達に囲まれダンスをせがまれていた。困りながらも、丁寧に1人づつ対応していた。その顔は笑顔だった。
あれは、確か公爵令嬢の……名前は忘れた。彼女に対する認識はそれくらいのものだった。
だが違う日、また男達に囲まれ、困りながらも笑顔で対応している彼女が目に入った。
別の日も、更に別の日も……。
始めは、たまたま目に入ったアイリーンの姿だったが、その後も舞踏会に参加している多く人波の中で、偶然にも何度も彼女の姿が目に入ってきた。
その内に、シェルトは無意識にアイリーンの姿を探す癖がついてしまった。
「また、囲まれているのか……嫌なら断ればいいものを」
アイリーンを見ていると、次第にシェルトは苛々が募る様になっていった。シェルトには、アイリーンが本当は嫌なんだと分かる。なのに、何故断らない⁈何故笑顔で、男達のダンスに応じるんだ⁈他の令嬢達は、上手く誘いを断っているというのに。苛ついた。
そして、ある日シェルトは、気付いてしまった。この苛々の原因に。
本当は、自分もアイリーンをダンスに誘いたい。他の男達を押し退け、あの小さな手を取り、あの美しい瞳に自分を映したい。彼女を独占してみたい。そして、あの笑顔の下の彼女の素顔を暴きたい。いつからか、そう思うようになった。
だが、自分には婚約者がいる。別に自分が望んだ訳ではない。だが、これは政略的なもので自分でどうこう出来るものではなかった。故に、彼女に触れる事など、許されない。
だが人間は愚かな生き物で、手に入れる事が出来ないと分かると余計に欲しくなってしまう。シェルトもまた例外ではなかった。
「彼女に、触れたい……」
どうしたら、アイリーンに触れる事が出来るだろう。そんな事ばかりが、日々頭の中を支配していった。
そんなある日、シェルトは倒れた。確かに最近身体が怠い事が多々あったのだが、単なる疲れだと思っていた。だが、医師の見立ては違った……。
「治る見込みは……かなり難しい、かと……」
診断結果を渋る医師に、本当の事を吐かせた。余命1年……頭が真っ白になった。暫く、放心状態が続くが、とりあえず医師には口止めをした。他言無用だと。
そんな矢先、追い討ちをかける様に、アイリーンとユリウスの婚約の話を耳にした。
その後の舞踏会で、アイリーンとユリウスが一緒にいるのを見かけた。分かっていたが、実際に目にすると精神的に衝撃を受けた。……ザワザワとする。
これからはもう、他の男達に彼女が囲まれる事はないだろう。何故ならユリウスという婚約者が出来たのだから。
本来ならば、自分が彼女の隣に並びたかった。だが仕方がない事だと理解している。彼女が幸せならば、それでいい。そう自分に何度もいいかせる。
だが、やはり諦めきれないっ。
どうせ死ぬんだ。少しくらい自分の好きなようにしても許されるのでは、ないのだろうか。
これから先ずっとは無理でも、僅かばかりでいい。彼女の隣に並び、彼女の本当の笑顔を見てみたい。彼女を独占してみたい。
どうせ死ぬんだ。残りの時間は、自分の為に使う。
シェルトは、どうやってアイリーンを手に入れるかを思案し始めた。それは、あの舞踏会の日の、三か月と少し前の事だった。




