第88話 選ばなかった代償
老人の治療は、夜通し続いた。
命は取り留めた。
だが、足は元には戻らない。
焚き火の火が、弱く揺れる。
誰も、大きな声を出さない。
「……俺が」
若い冒険者が、かすれた声で言う。
「迷わなければ」
「違う」
ミレナが、即座に否定する。
「迷ったのは、みんなです」
「でも、俺が最後に止まった」
沈黙が落ちる。
誰も、完全に否定できない。
管理があれば、
自動抑制が間に合った可能性はある。
だが、ここでは通じない。
「……踏めば」
誰かが、ぽつりと漏らす。
「踏めば、間に合ったかもしれない」
空気が、重くなる。
踏めない境界だった。
だが、完全に不可能だったか?
分からない。
分からないまま、
選ばなかった。
それが、現実だ。
ミレナは、地面を見つめる。
「私は」
静かに言う。
「踏まないって決めました」
「読めなかったから」
「怖かったから」
その言葉は、正直だ。
「……それでも」
若い冒険者が言う。
「結果は、これだ」
焚き火が、ぱちりと弾ける。
アレンは、しばらく何も言わなかった。
やがて、静かに口を開く。
「選ばなかった代償だ」
否定しない。
慰めない。
「選べば、別の代償が出たかもしれない」
「踏めば、失っていたかもしれない」
「管理があれば、防げたかもしれない」
どれも、仮定だ。
だが、現実は一つ。
「正解はない」
アレンは続ける。
「あるのは」
「選んだ事実だけだ」
ミレナが、顔を上げる。
「じゃあ、どうすればいいんですか」
声が、少し震える。
「次は」
アレンは、焚き火の向こうを見る。
「同じ迷い方をするな」
「……」
「今日の迷いを、覚えておけ」
「怖かったことも」
「足が止まったことも」
「それを、次の判断に使え」
若い冒険者が、拳を握る。
「……逃げたいです」
正直な言葉だった。
「逃げてもいい」
アレンは、即答する。
「だが」
「逃げると決めるのも、選択だ」
誰かに押しつけられた決断ではなく、
自分で選ぶなら。
それも、責任だ。
焚き火の火が、弱くなる。
夜は深い。
空白地帯では、
代償がむき出しになる。
管理があれば、軽減できたかもしれない。
だが、通じない現実もある。
ミレナは、静かに言った。
「……次は、逃げません」
その声は、
昨日よりも、低く重い。
成長ではない。
覚悟でもない。
ただ、
代償を見た者の声だ。
第四章の谷は、
痛みとともに、刻まれた。
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