第83話 選ばされる者たち
境界は、再び現れた。前回より、わずかに広い。揺れは不規則で、装置は相変わらず沈黙している。
「……また、反応しません」若手技師の声が、焦りを含む。
「原因は」
「不明です。干渉波が、弾かれているような……」
弾かれている。その言葉が、空気を冷やした。管理は、干渉できることが前提だ。干渉できない境界は、そもそも想定の外にある。
「避難、どうします」ミレナが、低く問う。
前回は小規模だった。今回は、読めない。住民たちが、不安そうにこちらを見ている。誰かが決めるのを、待っている。その視線が、また自然とアレンへ集まった。
「……俺を見るな」静かだが、はっきりと言う。「決めるのは、ここにいる奴だ」
「でも!」若い冒険者が声を上げる。「間違えたら――」
「間違える」アレンは、遮った。「管理があっても、間違える。なくても、間違える。違うのは、自分で選ぶかどうかだ」
沈黙。それは、優しくない言葉だった。管理があれば、責任は分散する。基準があり、叱責も制度に向かう。だが今は、その矢印が、まっすぐ自分に向く。
「……広がる可能性は」ミレナが、技師を見る。
「三割。ただし、不確定要素が多いです」
「三割か」
小さく呟く。高くもなく、低くもない、いちばん人を迷わせる数字だった。
「……踏む?」誰かが言う。
境界は、踏める。だが、性質が読めない。代償も、未知だ。ミレナは、拳を握った。管理があった頃なら、基準を参照しただろう。今は、ない。
「避難を優先。踏まない」
「広がったら?」
「その時、考える」
震えていた。だが、声は通った。
「理由は?」アレンが、確認する。
「読めないから。読めないなら、確実な方を選ぶ」
住民たちが動き始め、冒険者も散開する。境界が、急に強く揺れた。地面が裂け、空気が歪む。
「来るぞ!」誰かが叫ぶ。
だが、広がらない。揺れは増幅しかけ、数秒後に、ふつりと収束した。静寂。誰も、すぐには声を出せない。
「……止まった」技師が、呆然と呟く。
偶然か。判断が正しかったのか。それは、分からない。
「……怖い」若手冒険者が、小さく言う。「管理がないと、こんなに怖いのか」
「そうだ」アレンは、短く答えた。「怖いから、考える。怖くないと、考えなくなる」
ミレナは、まだ境界を見ていた。成功だったのかは分からない。だが、逃げなかった。
「……選ばされた」彼女が、呟く。
「違う」アレンは、静かに言う。「選んだ」
揺れが収まるまで、アレンは腕を組んだままでいた。組んでいなければ、六つのどれかが先に出る。出してしまえば、この子の掌へ戻るはずのものが、戻らなくなる。
その差は、小さい。だが、決定的だった。誰も守ってくれない場所だからこそ、選択は、自分の手に戻ってくる。ミレナは握っていた拳をゆっくり開き、その掌を、一度だけ見つめた。
踏むか、待つか――その問いさえ立てられない境界が現れたとき、人は何を選べるのか。




