第66話 それでも踏まない者
境界は、静かに揺れていた。
発生から、すでに十分。
拡大の兆候はない。
「……どうする?」
若手冒険者の一人が、仲間に聞く。
「踏めば、すぐ終わる」
「でも」
「踏まなくても、いけそうだ」
集まっているのは、三人。
どれも、経験は浅い。
判断を委ねられる立場だ。
少し離れた場所で、
俺は、何も言わず様子を見ていた。
「……踏む?」
「いや」
別の若者が、首を振る。
「今回は、やめよう」
「理由は?」
「……分からない」
正直な答えだ。
「踏めるって知ってる」
「使えば、楽だってのも」
「でも」
彼は、境界を見つめる。
「今じゃない気がする」
仲間が、少し困った顔をする。
「感覚?」
「多分」
それでも、
誰も笑わなかった。
代わりに、
ゆっくりと準備を始める。
縄を張り、
人を下げ、
時間を稼ぐ。
地味で、面倒な作業。
だが――
誰も、文句を言わない。
「……よし」
「このまま、様子を見る」
判断は、まとまった。
数十分後。
境界は、自然に消えた。
被害は、なし。
若手冒険者たちは、
小さく息を吐く。
「……正解、だったな」
「たまたまだろ」
「それでも」
最初に言い出した若者が、言う。
「考えたのは、俺たちだ」
その言葉に、
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
帰り道。
リーファが、小声で言う。
「……踏まない人も、出てきましたね」
「ああ」
「教えていないのに」
「教えなかったからだ」
正解を渡さなかった。
だから、
選ぶ余地が残った。
丘の上。
風に当たっていると――
「芽だな」
旅装の男が、静かに言う。
「……小さいが」
「小さい方がいい」
男は続ける。
「踏まない選択は、流行らない」
「流行らないから」
「消えにくい」
俺は、空を見上げる。
踏む者がいる。
踏まない者もいる。
どちらも、
この世界の一部だ。
追放された無能魔術師は、
この日――
境界が当たり前になった世界でも、
それでも踏まない選択が、
確かに生まれていることを見た。
それは、奇跡じゃない。
教えなかった結果だ。
考え続ける余地が、
まだ――
世界に残っている証だった。
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