第64話 選択の軽さ
それは、事故と呼ぶほど大げさなものではなかった。
境界が発生し、
若手の冒険者が踏み、
対処は、数分で終わった。
被害は、軽微。
家屋一棟の一部損壊。
負傷者なし。
「……報告は?」
「完了してます」
受付の冒険者が答える。
「判断も、手順も、問題なし」
書類を見ても、確かにそうだ。
だが――
一行だけ、目に留まる。
境界使用:即時実施
理由:慣例に従い
「……慣例?」
ロイドも、眉をひそめた。
「最近、増えてる」
「“踏むのが普通”になりつつある」
現地へ向かう。
境界は、すでに消えている。
対応した冒険者たちは、
雑談交じりに後片付けをしていた。
「……判断したのは、誰だ」
俺が聞くと、
ミレナが手を挙げた。
「私です」
迷いは、ない。
「理由は?」
「踏めば早いから」
「被害が広がる前に終わる」
「他の選択肢は?」
「……考えませんでした」
その言葉が、重い。
「なぜ?」
「だって」
ミレナは、少し不思議そうに言う。
「境界は、踏めるものですし」
間違ってはいない。
だが――
考えていない。
「……結果は?」
「成功です」
確かに。
だが、
成功は理由にならない。
リーファが、静かに言う。
「もし」
「踏まなくても、同じ結果だったら?」
ミレナは、少し考え――首を振った。
「分かりません」
それが、答えだ。
帰り道。
リーファが、唇を噛む。
「……軽いですね」
「ああ」
「覚悟が、ないわけじゃない」
「でも」
「選択が、軽い」
境界を踏むことが、
判断ではなく、反射になり始めている。
丘の上。
風に当たっていると――
「兆しだな」
旅装の男が、低く言う。
「……小さいが」
「小さいから、厄介だ」
男は続ける。
「誰も、止めない」
「被害が、ないからな」
俺は、目を閉じた。
境界を踏むこと自体は、
否定しない。
だが――
考えなくなることは、否定する。
「……どうする」
男が、聞く。
「俺は」
ゆっくり答える。
「線を、引き直さない」
「だが」
「問いは、残す」
それが、今の立場だ。
追放された無能魔術師は、
この日――
選択が“軽くなる瞬間”を、
はっきりと目撃した。
それは、悪意ではない。
慣れだ。
そして、
慣れは――
最も静かに世界を歪める。
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