第61話 当たり前になった境界
境界が発生した――
その報告は、驚きもなく届いた。
「北門外、旧水路付近」
ロイドが、いつもの調子で言う。
「規模は小」
「避難は、すでに完了している」
俺は、少しだけ眉を上げた。
「……早いな」
「三分で終わった」
ロイドは、淡々と続ける。
「見張りが判断して」
「通行止め」
「住民は、慣れてる」
慣れている。
その言葉が、胸に引っかかった。
現地へ向かうと、
確かに混乱はなかった。
縄が張られ、
人は遠巻きに様子を見ている。
「……またか」
「最近、多いね」
そんな声が聞こえる。
恐怖でも、油断でもない。
受け入れだ。
「境界は?」
「出てますけど」
若い冒険者が答える。
「拡大の兆候なし」
手際がいい。
境界は、
“特別な異常”ではなくなっている。
しばらく観察し、
自然収束を確認する。
誰も、俺を呼ばない。
「……いい判断だ」
俺は、そう言った。
若い冒険者は、少し驚いた顔をした。
「え?」
「踏まなくて、いいんですか?」
「ああ」
「基準は?」
「人が取り残されていない」
「拡大していない」
「責任者がいる」
言い終えてから、気づく。
それは――
俺が言い続けてきた基準だ。
だが今は、
俺の言葉じゃない。
彼らの判断になっている。
ギルドに戻ると、
掲示板の依頼が目に入った。
件名:境界発生(自然消滅)
対応:経過観察
備考:問題なし
簡潔で、感情がない。
それが、正しい。
「……世界、変わりましたね」
リーファが、静かに言う。
「ああ」
「境界が、普通になってます」
「普通に、なったな」
それは、
望んだ結果でもある。
だが――
少し、怖くもあった。
当たり前になるということは、
考えなくなる危険も含んでいる。
夕方。
街の外れで、
ユイとすれ違った。
「お兄ちゃん」
「今日は、踏まなかったね」
「見てたのか」
「うん」
ユイは、当たり前のように言う。
「踏まない時も、あるでしょ」
「それも、普通」
その言葉に、
小さく息を吐いた。
次の世代は、もう違う。
俺がいたから、ではない。
俺が“いなくても”動くようになった。
丘の上で、
風に当たっていると――
「静かだな」
旅装の男が、言った。
「……ああ」
「成功した顔じゃないな」
「成功だ」
俺は答える。
「だから、怖い」
男は、少しだけ笑った。
「基準が、残った」
「それで十分だろ」
「十分だ」
だが、
基準は使われ方次第で、
形を変える。
追放された無能魔術師は、
この日――
境界が“当たり前”になった世界に、
足を踏み入れた。
それは、
彼が選び続けた結果だ。
良くも、悪くも。
物語は、
ここから――新しい段階へ進む。
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