第5話 本当の力
洞窟を出てしばらく歩いた。足取りは軽く、空腹も疲労も感じない。昨夜あれだけ死にかけた身体とは、とても思えなかった。
辺境の森は、朝の匂いで満ちていた。小鳥の声、葉擦れ、遠くの水音。そのひとつひとつが、以前よりずっと鮮明に耳へ届く。魔力の流れが、世界へ薄く重なって見える――そういう感覚に、少しずつ馴染み始めていた。
試しに指先へ意識を集める。小さな火が灯り、前方の岩へ放つと、鈍い音を立てて砕けた。込めた魔力はほんの一握り。なのに、学院で習う中級魔法を、詠唱なしで撃ったのと変わらない。
力が本物であることは、もう疑いようがない。昨夜、洞窟で嫌というほど思い知った。だから今、確かめたいのは、そこではなかった。
俺は歩きながら、ひとつの問いを転がしていた。
――この力を何に使う。
もし、これを学院で見せていたら。もし、追放される前に覚醒していたら。あの連中は手のひらを返し、俺を持ち上げただろう。
考えかけて、俺は小さく首を振った。
「……どうでもいいな」
王都に、俺の居場所はなかった。力があろうとなかろうと、あの物差しの上で、俺の値はとっくに決まっていた。今さらあの列に戻りたいとも思わない。惜しくもない。
未練が、朝の風にほどけていく。奇妙なほど、身が軽くなった気がした。
だとすれば――この力の使い道は、王都の外にしかない。
森の奥で、下草を踏む気配がした。魔物だ。数は、三。以前なら足がすくんだはずの気配を、俺は落ち着いて数えていた。
逃げも隠れもせず、そちらへ歩く。茂みを抜けると、牙を剥いた獣が三体、こちらへ向き直った。中型。単体でも、旅人なら命を落とす相手だ。
ここで生きていくなら、こういうものと向き合い続けることになる。試すためではなく、そう覚悟を決めるために、俺は足を止めた。
風が唸り、炎が奔る。獣たちは、抵抗する間もなく地に伏した。派手な光も長い詠唱もない。ただ、必要なだけの力を、必要なだけ振るった。
静寂の中で、俺は自分の手を見下ろす。
(……これで生きていける)
努力も修行も要らない、というのは、たぶん幸運とは違う。この力に見合うだけの使い道を、自分で見つけなければ、ただ持て余すだけだ。
辺境の街は、もうすぐだと聞いている。冒険者。王都で否定された道だが、ここでは力が、そのまま値打ちになる。誰にも、E判定の烙印は押させない。
俺は、獣に背を向けて歩き出した。街へ続く道の先で、細い煙が一筋、朝空へ昇っているのが見えた。人の暮らしが近い。
街まで、あと半日。その道の途中で、彼は初めて“守りたいもの”と出会います。
水晶球が測れなかった力が初めて手に応えた場面に胸がすいた方は、しおりを挟んでいただけると助かります。




