第4話 目覚め
静かすぎた。
つい今しがたまで、この洞窟には確かに“死”が満ちていたはずだ。それが今は、耳が痛くなるほどの静寂だけを残している。
俺は、その場に立ち尽くしていた。さっきまで赤い眼があった場所には、何もない。血も、肉片も、残骸すら――消えた。いや、消してしまった。俺が。
震える手を、ゆっくりと目の高さへ上げる。
恐怖ではない。戸惑いとも、少し違う。名前のつかない感情が、みぞおちの奥で燻っていた。
痛みは、跡形もなく引いている。呼吸は深く、身体は羽根のように軽い。崖から落ちて、魔物に囲まれて、生きているだけでも奇跡のはずなのに――俺は今、傷ひとつない“完全な状態”で立っていた。
「……なんだ、これ」
喉の奥から、掠れた声が漏れる。
測定のたびに笑われた。努力しても数字は動かなかった。無能と呼ばれ、切り捨てられた。全部、自分が弱いからだと思っていた。
だが――違ったのか。
試さずには、いられなかった。俺は洞窟の壁へ、そっと手を向ける。詠唱はない。ただ、塞がれ、と念じる。
掌に、白く柔らかな光が生まれた。触れた壁のひび割れが、音もなく塞がっていく。
「……治癒」
息を呑んだ。治癒は高位属性だ。学院で、俺は一度として成功したことがない。それが今、名を呼ぶより早く応えた。
次に、熱を思い描く。光が赤く染まり、空気が陽炎のように揺れた。風を求めれば洞窟の内で気流が渦を巻き、水を思えば岩の窪みに清水が滲む。土も、光も、迷わず形を取っていく。
拒まない。逸れない。ためらいもない。
それが、かえって背筋を冷たくした。
――制御できているのではない。“応えすぎている”のだ。俺が半歩でも念を強めれば、この洞窟ごと呑み込まれる。そういう手応えが、掌の底にはっきりとあった。力が、俺の器を追い越そうとしている。
「……全部、か」
声が、震えた。
「全属性……適性」
その言葉を口にした瞬間、身体の奥で何かが完全に噛み合う。
――だから測定器に載らなかった。だからE判定だった。だから、無能と呼ばれた。器が大きすぎて、あの水晶球では底が測れなかったのだ。
乾いた笑いが、ひとりでに漏れた。
「俺の値打ちは、測定器ひとつで決められてたってわけか」
可笑しくて、少しも笑えない。
だが、もういい。今さら評価はいらない。許しも、理解も、要らない。この力が本物だと、他の誰でもない俺自身が、たった今知った。
拳を握る。応えて、掌がじんと痺れた。あの広間で一瞬だけ走った、あの痺れと同じものだ。
洞窟の出口へ向かう。暗がりでも、足取りは迷わなかった。魔力の流れが“見える”。空気が“読める”。
外へ出た瞬間、稜線の向こうから朝日が差した。眩しい。だが、目を逸らさなかった。冷たい風が、頬を打つ。
「……生きてるな、俺」
王都は遠い。学院も、かつての仲間も、もうどうでもよかった。
残る問いは、ひとつだけ。この持て余すほどの力を、これから何に向けるのか。答えはまだ、朝の光の中でぼやけていた。
使い道の決まっていない力は、ただ重い。次話、その重さが初めて手のかたちを取ります。




