第6話 最初の救い
街へ続く道を半ばまで来た頃、森の空気が変わった。
穏やかだった魔力の流れが、ざわりと乱れている。嫌な方向へ、ねじれるように。
足を止め、意識を集中させる。少し離れた場所で、必死に逃げる気配がひとつ。それを追う、複数の魔物。逃げる側の魔力は、今にも消え入りそうなほど細い。
「……放ってはおけないな」
言うより先に、身体が動いていた。枝を払い、倒木を飛び越える。以前とは比べ物にならない脚が、地面を叩いて距離を潰していく。
開けた場所へ躍り出た瞬間、俺はそれを見た。
緑がかった銀の髪。尖った耳――エルフの少女だ。年は、俺より少し下だろうか。服は泥に汚れ、足元はふらついている。その背後に、牙を剥いた獣が三体。
「来ないで……っ!」
少女が叫ぶ。声も、突き出した手も、震えていた。魔力を練ろうとしているのは分かる。だが、量が足りない。間に合わない。
「下がってろ!」
俺は、少女と獣のあいだへ割って入った。
風が唸り、獣の足元を掬う。崩れた体勢へ、火と土を重ねる。派手な閃光も轟音もなく、ただ三体が地に沈んだ。
静寂。
少女は、信じられないものを見るように俺を見上げていた。
「……怪我は。どこか、噛まれてないか」
努めて静かに問う。彼女はしばらく言葉が出ず、それからようやく、糸が切れたようにその場へ崩れかけた。俺は慌てて、細い腕を支える。
「もう終わった。無理に立たなくていい」
彼女は、俺の顔をじっと見ていた。警戒ではない。驚きと、戸惑いと――その底に、隠しきれない安堵があった。
「……あなた、冒険者、ですか」
「いや、まだだ。これから、なるつもりだけど」
そう答えると、少女は小さく息を呑んだ。
「今の魔法……あんなの、初めて見ました」
「そうか?」
正直、加減が分からない。俺には、さっきのは控えめな部類だった。だが、それを言っても仕方がない。
少女は乱れた裾を握り、深く頭を下げた。
「助けていただいて……ありがとうございます。私、リーファといいます」
「アレンだ」少し間を置いて、俺は付け足した。「……無事で、よかった」
その一言で、こらえていたものが切れたらしい。リーファの目に、みるみる涙が盛り上がる。
「……怖かった。もう、駄目かと思って……」
震える声を、俺はどうしていいか分からなかった。慰めの言葉なんて、教わったことがない。ただ屈み込んで、彼女の視線の高さに、自分を合わせた。
「もう大丈夫だ。一人じゃない」
それは、目の前の少女へ向けた言葉であると同時に、あの広間で誰にも声をかけられなかった昔の自分へ、返す言葉でもあった。
しばらくして、リーファは涙を拭い、落ち着きを取り戻した。
「私、近くの村に住んでいます。よければ……村で、お礼をさせてください」
俺は少し考え、頷いた。辺境の地理も分からない。案内があるのは、ありがたい。
並んで歩き出す。森を抜ける道すがら、リーファは途切れがちに村の話をしてくれた。年々増える魔物の被害。減っていく畑。王国からの支援が、もう何年も届いていないこと。
辺境は、確かに“切り捨てられた場所”だ。数字にならない者を、王都が平気で見捨てるように。
だが、と俺は隣を歩く少女を見て思う。
――だからこそ、ここには俺の力を、向ける先がある。
やがて木々の切れ目から、こぢんまりとした村の輪郭が見えてきた。畑を囲む粗い柵。低くたなびく煙。その手前で、鍬を担いだ人影がこちらに気づき、足を止める。逃げるでもなく、迎えるでもない。ただ、止まったままだった。
切り捨てられた辺境の村で、アレンの力が何と呼ばれるのか。次話で確かめてください。




