第49話 相談という名の依頼
その依頼は、最初から妙だった。掲示板ではなく、ギルドのカウンター奥に回されていた。封はされていないが、誰にでも見せる気もない――そういう書式だ。
「……正式な相談、ですか」
受付嬢が、困ったように紙を差し出す。
「依頼、ではないそうで。ただ……話を聞いてほしい、と」
ロイドが、俺を見る。
「どうする?」
俺は、紙に目を落とした。
件名:境界現象に関する意見交換
発行元:非公開
備考:決定権は、あくまで依頼主側にある
嫌な予感しかしない。
「……行くだけ、行く」
「引き受けるんですか?」リーファが、少し警戒した声で言う。
「引き受けない。話を聞くだけだ」
そこだけは、はっきりさせておいた。
場所は、街の外れにある小さな会館だった。中にいたのは、三人。仕立ての良い外套を着た商人風の男と、書類を膝に重ねた学者風の女。そして、壁際に腕を組んで立つ冒険者。全員が、こちらとの距離を測るような目をしていた。
「お時間をいただき、感謝します」学者風の女が言った。「アレン・フェルド殿」
「要件を」
俺は、勧められた椅子に座らず、そう返す。女は、少しだけ息を整えた。
「近頃、境界現象と呼ばれる事例が増えています。我々としては――」
「対処法を、知りたい」商人が、言葉を継いだ。
「……対処?」
「ええ。被害が出る前に。どうすればいいのか」
俺は、卓上に広げられた資料を一瞥してから、静かに言った。
「それは、相談じゃない」
室内の空気が、止まる。
「……どういう意味ですか」冒険者が、眉をひそめる。
「相談というのは、決断を共有する行為だ」俺は、三人の顔を一人ずつ見た。「だが、これは違う。判断だけを俺に預けて、結果は自分たちで抱える気だろう」
沈黙。否定は、返ってこなかった。
女が、慎重に言葉を選ぶ。
「……あなたは、境界に詳しいと聞いています」
「詳しくない」即答だった。「ただ、踏まないことを選んできただけだ」
商人が、苛立ちを隠しきれずに卓を指で叩く。
「では、どうすればいい。何もしないで、被害が出たら――」
「それは」俺は、遮った。「あなたたちの判断だ」
冷たい言い方に聞こえたかもしれない。だが、事実だった。
「俺は、相談には乗る。だが、決断を代わりに下す気はない」
学者風の女が、目を伏せた。
「……責任、ですか」
「そうだ」
俺は、椅子の背に手をかけたまま告げる。
「境界は、触ると戻れないことがある。だから、誰が踏むのかをはっきりさせない限り、話にはならない」
壁際の冒険者が、拳を握った。
「……あなたは、冷たい人だ」
「そうかもしれない」否定はしない。「でも、そのやり方で壊れずに済んだ場所を、俺は知っている」
会館を出ると、夕方の風が少し強かった。外套を持たないリーファが、袖を押さえながら、静かに言う。
「……断ったんですね」
「ああ」
「後悔は?」
「ない」
相談という言葉で責任を薄める――それが、一番手っ取り早く境界を壊す。
歩きながら、外套の裾が目に入った。先日、枝に引っかけて裂いたはずのところが、目立たない糸で繕われている。誰がやったのかは、聞かなかった。
ギルドへ戻ると、事の顛末を先に聞いたらしいロイドが、肩をすくめた。
「噂になるぞ。“相談にも厳しい冒険者”だってな」
「結構だ」
むしろ、そのほうがいい。だが、あの三人が引き下がったとは思えなかった。判断を預ける相手を失った人間は、たいてい、別の預け先を探しに行く。楽なほうへ。会館で見た商人の指が卓を叩く音が、妙に耳に残っていた。
話を聞くだけでは防げないものがあります。知らせは、たいてい夜明け前に届きます。




