第45話 見なかった選択
その噂は、朝のギルドで耳にした。
「西の旧街道でな」
「道が、変だって話が出てる」
ロイドが、何気ない調子で言う。
「変?」
「まっすぐ歩いてるはずなのに」
「同じ石標を二度見た、ってさ」
境界の話だ。
だが――
「被害は?」
「今のところ、なし」
「迷った奴も、自力で戻ってきてる」
俺は、少しだけ考えた。
条件を、一つずつ当てはめる。
人が取り残されているか → いいえ
境界が閉じていないか → 不明だが、拡大していない
責任を取る者がいるか → 街道管理者が監視中
「……今回は、行かない」
リーファが、俺を見る。
「見送るんですね」
「ああ」
ロイドが、意外そうに眉を上げた。
「様子見か?」
「様子見じゃない」
「見ない」
その言葉に、空気が一瞬止まる。
「全部に反応してたら」
「判断が、意味を持たなくなる」
ロイドは、しばらく黙ってから頷いた。
「……分かった」
「街道側には、注意喚起だけ出す」
「それでいい」
その日は、何も起きなかった。
翌日も。
その次の日も。
街道は、一時的に閉鎖され、
管理者が石標を立て直した。
数日後。
「……収まったぞ」
ロイドが、報告に来る。
「原因は、地盤沈下だった」
「道が、物理的にズレてただけだ」
俺は、静かに息を吐いた。
「境界じゃなかったんですね」
リーファが言う。
「ああ」
境界の兆候に、似ていただけだ。
「……もし」
リーファが、少し迷ってから言う。
「アレンさんが、行っていたら……」
「境界だと、決めつけていた」
そう答える。
「修正しようとして」
「余計な歪みを、作ったかもしれない」
それは、冗談じゃない。
“違うもの”を
“正しいもの”として触るのは、
一番危険だ。
夕方、街の外れで、
ユイとすれ違った。
「お兄ちゃん」
「西の道、もう大丈夫だよ」
「……分かるのか」
「うん」
「最初から、ちょっと違った」
俺は、少しだけ笑った。
「教えてくれればよかったのに」
「聞かれなかったから」
その返事に、納得する。
見える者でも、
全部を言う必要はない。
それも、選択だ。
丘の上で、風に当たっていると――
「行かなかったな」
旅装の男が、いつの間にか立っていた。
「正解だ」
「……そうでもない」
「ほとんどの者は」
男は言う。
「“力があるなら、使うべきだ”と思う」
「だが」
「お前は、使わなかった」
俺は、空を見上げる。
「使わない判断も」
「力だ」
男は、しばらく黙り――
やがて、小さく頷いた。
「……境界は」
「“触られすぎる”ことで、壊れる」
「それを分かっている者は、少ない」
風が、吹く。
男の姿は、すでに消えていた。
追放された無能魔術師は、
この日――
動かなかった選択が、
世界を守ることもあると、
確かに知った。
それは、
誰にも称賛されない力。
だが、
冒険者であり続けるために、
必要な判断だった。
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