第42話 対応基準
境界の違和感は、確実に増えていた。
だが――
混乱は、まだ起きていない。
それが、かえって厄介だった。
「……依頼数、また増えてます」
リーファが、掲示板を見ながら言う。
「内容は?」
「相変わらずです」
「“何かおかしい気がする”」
「“音が遠い”」
「“道がずれる”」
ロイドが、腕を組んだ。
「被害は、まだゼロ」
「だが、全員が不安になり始めてる」
俺は、椅子に腰を下ろす。
(……ここだな)
今、判断を間違えると――
俺は“便利な何でも屋”になる。
「ロイド」
「一つ、はっきりさせたい」
「なんだ?」
「俺は」
「全部は見ない」
ギルド内が、静まる。
「境界が広がっている」
「だからって、全部俺が修正するのは違う」
リーファが、少し驚いた顔をする。
「……でも」
「放っておくと、被害が……」
「放置はしない」
俺は、首を振った。
「基準を作る」
ロイドが、目を細める。
「聞かせろ」
俺は、指を一本立てる。
「一つ」
「“人が取り残されている”案件」
子供。
行方不明者。
逃げられない状況。
「それは、最優先で行く」
次に、二本目。
「二つ」
「境界が“閉じていない”場所」
「歪みが戻るなら」
「俺が手を出す意味はある」
三本目。
「三つ」
「誰かが“責任を取る気がある”案件」
リーファが、はっとする。
「……助言だけ、じゃダメなんですね」
「ダメだ」
俺は、はっきり言った。
「判断を俺に預けるなら」
「結果も、背負う覚悟が必要だ」
沈黙。
だが、誰も反論しない。
「それ以外は?」
ロイドが聞く。
「見送る」
短く答えた。
「世界は広い」
「俺一人で、均せるほど単純じゃない」
ロイドは、しばらく考え――
やがて、頷いた。
「……分かった」
「ギルドとしても、その基準で動く」
「助かる」
その夜。
丘の上で、
俺は一人、風に当たっていた。
「……やっぱり、そう決めたか」
背後から、あの声。
旅装の男だ。
「聞いてたのか」
「見てた」
男は、隣に立つ。
「お前は」
「境界を“管理”しない」
「だが」
「無視もしない」
「一番、厄介な立場だ」
「慣れてる」
俺は、空を見る。
「昔から」
「中途半端だったからな」
男は、小さく笑った。
「その中途半端が」
「今は、必要なんだ」
「……世界が、そう言ってる」
「世界は、喋らない」
「だが」
「選択で、意思を示す」
男は、そう言い残し――
闇に溶けるように消えた。
風が、少し冷たい。
境界は、広がっている。
だが、制御はしない。
線を引き、
選び、
責任を持つ。
追放された無能魔術師は、
この日――
“対応しない勇気”を、
自分の力として受け入れた。
それが、
冒険者であり続けるための条件だと、
理解したからだ。
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