第41話 連鎖の兆し
朝のギルドは、いつも通りだった。掲示板に依頼書が貼られ、冒険者たちが軽口を叩き合う。平和だ。少なくとも、表向きは。
「……増えてますね」
リーファが、掲示板を見ながら言った。
「何が?」
「“危険度不明”の依頼です」
視線を向ける。確かに、多い。討伐でも護衛でもない。しかも、先日のときよりも、数が増えている。確認、様子見、違和感の調査――どれも曖昧だ。
「……受けるか?」
ロイドが、カウンター越しに聞いてくる。
「いや」
即答だった。
「今日は、普通の依頼にする。森の資材回収、危険度・低」
ロイドが吹き出す。
「お前、本当に変わらねぇな」
「変わらないために、選んでる」
それが本音だった。
森は、穏やかだった。鳥は鳴き、木々は風に揺れる。だが――
「……一歩、ずれてます」
リーファが、小さく言う。
「ああ」
地面の感触が、わずかに違う。魔力ではない。位置でもない。感覚の“繋がり”が、薄い。
資材を集め終え、帰ろうとした、その時だった。
――ガサッ。
茂みが揺れる。
「魔物?」
「違う」
姿を現したのは、旅人風の男女だった。装備は冒険者としては中途半端。だが、慌てた様子はない。
「……失礼」
男が言う。
「この辺り、少し妙じゃないですか?」
俺は眉をひそめた。
「どういう意味だ」
「音が、遠い」
女が続ける。
「あと……地図と、景色が合わない」
それを聞いて、確信した。もう、始まっている。境界の“歪み”は、一部の場所だけの話じゃない。
「君たちは?」
「流れの旅人です。国には、属してません」
その言葉に、リーファが一瞬だけ俺を見た。
「……帰り道を案内する」
俺はそう言った。
「ここは、長居する場所じゃない」
数分後。森を抜けた瞬間、二人は同時に息を吐いた。
「……戻った。空気が、違う」
「今日は、これ以上進まない方がいい」
俺は告げる。
「境界が、薄い」
「境界……?」
男が繰り返す。
「詳しい説明は、できない。理解できる人間が、少ない」
二人は顔を見合わせ、やがて深く頭を下げた。
「助かりました」
去っていく背中を見送りながら、リーファが言う。
「……アレンさん。今の人たち、最初から“気づいて”ました」
「ああ」
それが、問題だった。境界は、見える人間が、増え始めている。
ギルドへ戻ると、ロイドが低い声で言った。
「……さっきな。別の街からも、似た報告が来た。音が遠い、道が繋がらない――まだ、被害はないが」
俺は静かに息を吐いた。連鎖、か。誰かが仕組んだわけじゃない。暴走でもない。ただ、世界の“管理されなかった部分”が、少しずつ表に出てきている。
境界は、もう点じゃない。面として、静かに広がり始めていた。
カウンターの隅で、若い冒険者が二人、こちらを見ないようにしながら俺の名を出していた。あの人がまだ動いていない、なら大丈夫だ――そう言い合っている。
それでも、慌てはしない。支配もしない。俺にできるのは、今日みたいに一つずつ、拾える手を拾うことだけだ。ギルドに戻る背に、あの“危険度不明”の依頼の束が、まだ剥がされないまま重く貼りついている気がした。
点だったものが、面になります。次話は、まだ何も“起きていない”ことの厄介さに触れます。
誰も剥がさない“危険度不明”の束が気になって仕方ない方は、ブックマークをお願いします。




