第35話 余波
異変が終わってから、一週間が過ぎた。
辺境は、穏やかだった。あまりにも、穏やかすぎるほどに。街道を行き交う商人の数は増え、村では畑仕事の歌声が戻っている。魔物の気配も、以前より薄い。
「……平和だな」
森の見回りを終え、俺は小さく呟いた。
「ええ」リーファも頷く。「拍子抜けするくらい」
だが違和感が消えなかった。力の感覚ではない。危険を告げる予知でもない。――視線だ。誰かに見られている、というより、こちらの“存在を確認されている”ような、静かな気配。少なくとも、あの王都の粘つく空気とは、明らかに違った。
街へ戻ると、ギルドの前がいつもより騒がしかった。
「おい、聞いたか? ギルド本部から、人が来るらしいぞ」
「本部……?」リーファが、首を傾げる。
「視察、だそうです」受付嬢が、少し困った顔で言う。「名目上は、辺境の安定化調査、ですけど……」
ロイドが、腕を組んで言った。「名目だな。実際は、お前を見に来る」
俺は否定しなかった。王都公式声明の余波が、辺境だけで収まるはずもない。
「他にもな」ロイドが声を落とす。「商人ギルド、教会、学術院……どこも、水面下で動いてる」
「……依頼は?」俺は、眉をひそめた。
「来てる」ロイドが、数通の封書を差し出す。「だが、どれも妙だ」
中身を読む。調査、護衛、確認――内容そのものは、単純だった。だが、
「……発行元が、どれも違う」
王国でもない。冒険者ギルドでもない。
「条件は、破格です」リーファが言う。「でも、危険度は低……」
「だから、余計に怪しい」
俺は、封書を畳んだ。力を貸してほしい、でもない。何かを倒してほしい、でもない。“どこまでできる存在なのか、測りたい”――どの依頼の裏にも、その意図が透けて見えた。
「どうします?」リーファが尋ねる。
俺は少し考えて答えた。「……全部、今は受けない」
「え?」
「様子を見る。向こうが何を期待しているのか、はっきりするまで」
ロイドが、苦笑する。「相変わらずだな。普通は、飛びつくぞ」
「普通じゃないので」
その夜、丘の上で、俺は星を見上げていた。世界は静かだ。だが止まってはいない。むしろ、異変が終わったことで、別の何かが動きはじめている。
無能と切り捨てられ、規格外だと知られ、それでも俺は冒険者を選んだ。その選択が今、じわじわと世界の“境界”に触れつつある。次に届いた依頼の中に、一枚だけ、妙に頭から離れないものがあった。旧境界線付近――魔力異常の、確認。
次話、その曖昧な依頼の先で、名乗らない男が待っています。王都でも、ギルドでもない者です。
均したはずの世界に残る引っかかりが、こちらまで気になった方は、★の評価をいただけると嬉しいです。




