第34話 それでも冒険者
辺境の朝は、穏やかだった。
地脈の異変が完全に収束してから、五日。街道には再び人の往来が戻り、村々には、あの騒ぎが嘘だったかのような日常が息づいている。風は静かで、空気に魔力の濁りもない。
「……本当に、終わったな」
冒険者ギルドの前で、ロイドが空を仰いで言った。
「ああ。もう、反動もありません」
俺はそう答え、ゆっくりと息を吐いた。長い異変だった。だが、無駄ではない。
その時だった。
「アレンさん!」
受付嬢が、珍しく慌てた様子で駆けてくる。「王都から……公式文書が、届きました」
ギルド内が、ざわめいた。差し出された封書を受け取る。王家の紋章。だが、以前ほどの重圧は感じない。開いて、静かに読み上げる。
王都公式声明
過去に行われた魔術師評価および追放処分について、
測定制度の欠陥、ならびに現場判断の誤りがあったことを
王都として正式に認める。
特に、アレン・フェルドに対する追放処分は、
国家としての重大な誤りであった。
一瞬、ギルドが静まり返った。
「……国家の、誤り?」
「つまり……最初から、アレンさんは……」
誰かが、言葉を失う。俺は文書を畳み、机に置いた。
怒りはない。歓喜も、ない。ただ、肩の奥で長いあいだ強張っていたものが、ゆっくりとほどけて落ちていくのを感じた。
「……これで」ロイドが言う。「お前は、完全に“正しかった”ってことだな」
「正しさは、どうでもいい」
自然と、そう口から出た。視線の先では、村人たちがいつも通りに行き交っている。「俺が欲しかったのは、居場所だけです」
ロイドは、少しだけ目を細めた。「……相変わらずだな」
その日の昼、ギルドの掲示板に新しい依頼書が貼られた。
「近くの森で、小型魔物の目撃情報です」受付嬢が言う。「危険度は、低ですね」
「俺が行く」
即答すると、周囲から小さな笑いが起きた。「英雄様が、わざわざ? 割に合わねぇぞ」
「英雄じゃない」俺は、肩をすくめた。「冒険者だ」
リーファが、隣に立つ。「……一緒に行きます」
「ああ」
街を出ると、風がやけに澄んで感じられた。――だが、森へ近づくにつれ、指先に微かな引っかかりが残る。
地脈は安定している。魔力の流れも、問題ない。それなのに、世界の“境目”が、ほんのわずかに近づいたような感覚が拭えなかった。
理由は、分からない。ただ――どこか遠くから、こちらを確かめる視線がある。そんな気配だけが、背にまとわりついて離れなかった。
異変は終わりました。それでも拭えないものが残ります。その正体を、次話が少しずつ照らします。




