第30話 最後の異変
異変は前触れもなく起きた。
早朝、ギルドの扉を激しく叩く音で目が覚めた。外へ出るとロイドと数人の冒険者が、険しい顔で立っている。
「街道の南側だ」ロイドが、短く言った。「魔物じゃない」
それだけで、背筋に嫌なものが走った。
現場に着くと、空気が重かった。風は止まり、音までもが吸い込まれるように消えている。踏み込むたび、耳の奥が詰まるようだった。
地面に手を当てた瞬間、確信した。
「……地脈だな」
これは、これまでの“小さな歪み”とは、まるで別物だ。
「急激すぎます……」リーファが、青ざめて呟く。
「ええ。しかも、人為的な痕跡がある」
地脈が、無理やり“矯正”されていた。指先に伝わってくるのは、古い術式の名残。王都式の大規模制御魔法だ。何十年も前、辺境の魔力を王都の都合で押さえつけたときの、残骸だった。
「これ、このままだと……」冒険者の一人が、言葉を詰まらせる。
「数日以内に、暴走する」俺は答えた。「街道だけじゃない。村まで、巻き込む」
ロイドが歯を食いしばった。「王都に、知らせるべきか」
「……知らせても、向こうでは対処できません」
事実だった。この制御は、単属性を前提にした王都の魔術では、そもそも解けない。火も水も風も土も、光も闇も――そのすべてを同時に理解し、均衡として扱える者でなければ、手が出せない代物だった。
「じゃあ……」ロイドが、こちらを見る。
その視線の意味は、分かっていた。俺は地面へ目を落とした。
「まだ、決めていません」
本当だった。これは、辺境だけの問題ではない。そもそもの原因を作ったのは、王都だ。俺が動けば、その王都までもが救われることになる。それが義務かと問われれば、頷けなかった。
遠くで地面が小さく鳴った。歪みが、また一段、広がった音だ。
「時間は、あまりありません」
リーファが隣に立った。「……どうしますか」
俺はゆっくりと息を吐いた。追放されたときも、崖から見捨てられたときも、誰ひとり俺の力を必要とはしなかった。その記憶が、まだ胃の底に沈んでいる。
それでも――今、困っているのは、王都の面子でも制度でもなく、そこで暮らす人たちだ。
答えはまだ口にしない。ただ一つだけは、はっきりしていた。この異変を止められるのは、この辺境で、俺だけだ。
地脈の唸りが、また遠くで低く響く。何を差し出せば止まるのか、その答えだけが、まだどこにも書かれていなかった。
王都は、自分たちが切り捨てた相手を、必要になった途端に思い出します。次の来訪者は、その顔をしています。




