第31話 要請
王都からの使者が到着したのは、その日の昼だった。
街の門前に現れたのは、魔術局の高官と、王家の紋章を掲げた護衛たち。物々しい一行に、周囲がざわめく。
「……王都から?」
「まさか、こんなに早く……」
ロイドが、低く息を吐いた。「来るとは思ってたが、早いな」
応接室に通され、俺は使者たちと向かい合った。テーブルを挟んだだけの距離が、やけに遠く感じられる。
形式ばった挨拶のあと、魔術局の高官が口を開いた。
「アレン・フェルド殿」
――殿、か。かつて名も呼ばれなかった相手が、今は敬称をつける。
「今回の地脈異変について、王都として、正式に協力を要請したい」
封蝋付きの書状が、机に置かれる。王家名義だ。
「条件は、王都主導。指揮権は、魔術局が持つ」
つまり――俺に、また使われる側へ戻れ、ということだ。俺は書状を一瞥しただけで、指も触れなかった。
「……お断りします」
即答だった。高官の顔が、わずかに引きつる。
「理由を、お聞かせ願えますか」
俺はゆっくりと顔を上げた。「理由は、一つです」
声を荒らげはしない。だが逃がしもしなかった。「俺を追放したのは、あなたたちだ。あのとき、俺の力を測ろうともしなかった。それが今になって、都合が悪くなったから協力しろ、と言う」
淡々と、言葉を置いていく。「それは、要請じゃない。命令です」
高官が、言葉に詰まった。
「……しかし、これは王国全体の危機だ」
「ええ」俺は頷いた。「だからこそ、あなたたちに指示される理由がない」
沈黙が落ちた。重い沈黙だった。
やがて、高官は深く息を吐き、椅子から立ち上がった。そして――頭を下げた。
「……失礼を承知で、申し上げます。当時の判断は、誤りでした」
その一言に、控えていた記録役までもが息を呑む。「測定制度の欠陥。現場の慢心。すべて、王都の責任です」
顔を上げ、彼は続けた。「どうか――力を、お貸しください」
ここが、分岐点だった。俺はすぐには答えなかった。
視線の先、窓の外には、辺境の人々が集まって待っている。俺を信じて、ここまでついてきてくれた人たちだ。
「……条件があります」
俺は、静かに言った。高官が、顔を上げる。
「王都のためには、動きません」
一瞬、意味を測りかねる顔をした高官へ、俺は言葉を刻んだ。「俺が動く理由は、辺境と、ここにいる人たちです。だから、指揮権は俺が持つ。王都は、口を出さない」
わずかに間を置き、告げる。「それが受け入れられるなら、協力します」
長い沈黙のあと――高官は、再び頭を下げた。
「……承知、しました」
敗北の宣言だった。
応接室を出ると、ロイドが小さく笑った。「……完全に、立場が逆だな」
「立場じゃありません」俺は首を振る。「選択です」
外へ出ると、辺境の空は今日も広かった。使者は退いた。あとは、あの地脈と正面から向き合うだけだ。だがその前に――待っている人たちに、答えを返さなければならなかった。
命令で動く理由は無くなりました。それでも動く理由のほうは、まだ残っています。
「立場じゃありません」「選択です」の二言に背筋が伸びた方は、しおりを挟んでいってください。




