第29話 帰還
辺境の街ラグナに戻ったのは、数日後だった。遠くに城壁の影が見えた瞬間、詰めていた肩の力が、ようやく抜けていくのが分かった。
王都の、白く冷たい空気とは違う。ここは土と人の匂いがする。帰ってきたのだ、と足の裏がまず知る。
「……なんだ?」
門番が、こちらに気づいた。次の瞬間、その目が大きく見開かれる。
「アレンさん!?」
「アレンさんだ!」
声が、街の奥へと広がっていく。誰かが走り出し、誰かが鐘を鳴らした。
「おい、噂は本当だったのか!?」
「王都の特別任務を、単独で片付けたって――」
「詳しい話は、後で」
苦笑しながら答える間にも、周囲には人だかりができていた。
「……すごいですね」リーファが、小さく言う。「完全に、英雄扱いです」
「大げさだ」
そう返したものの、集まってくる顔を見ていると、否定しきれないのも事実だった。
冒険者ギルドに入ると、ロイドが腕を組んで待っていた。
「……生きて戻ったな」
「約束でしたから」
「違うな」ロイドが、にやりと笑う。「格を上げて戻ってきやがった」
その一言で、ギルド内がどっと沸いた。
「聞いたぞ! 王都の魔術局を黙らせたってな!」
「もう、辺境の冒険者って柄じゃねぇだろ」
「……それでも」
俺ははっきりと言った。「俺は、ここを拠点にします」
一瞬、静まり返る。次の瞬間、あちこちから声が上がった。
「……だよな!」
「ここが、あんたの場所だ!」
起きた拍手は、王都で受けた形式的な評価とは、まるで質が違った。ただ純粋な、歓迎だった。
やがて、ロイドが真面目な顔になる。
「……実はな。街道周辺の村から、相談が来ている。魔物が減った――のはいいが、その分、別の場所で歪みが出はじめてるらしい」
俺は、頷いた。「分かっています」
王都での一件で、確信していた。この異変は、点ではなく線だ。辺境全体に、じわじわと広がっている。
「だから」ロイドが、声を低くした。「お前に、任せたい」
俺は少し考えて、答えた。「条件があります」
「ほう?」
「俺は、支配しません。命令もしない」静かに続ける。「守りたい場所を、守るだけです」
ロイドは目を細め――それから、笑った。「……それで十分だ」
夕方、街外れの丘に立って、俺は遠くの森を見ていた。木々の輪郭が、夕闇に沈んでいく。
「……次は、あそこですか」リーファが言う。
「ああ」
異変はまだ終わっていない。村で歪みが出ているというなら、放ってはおけない。もう、逃げるつもりはなかった。明日その村へ足を向ける。それだけは、丘の上で静かに決めていた。
帰り着いた辺境で、次話、これまでとは桁の違う“歪み”が牙を剥きます。
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