第20話 静かな怒り
王都アストリアの白い城壁が見えた時、俺は思わず足を止めた。
――変わっていない。
高く、堅く、見る者を圧するように聳える城壁。門を絶え間なく行き交う人の波。掃き清められ、石ひとつ転がっていない街道。何もかもが、追放されたあの日のままだった。
それでも、遠く感じる。距離の話ではない。同じ景色を前にして、自分の立っている場所だけが、すっかり別のものになっていた。
「……ここが、アレンのいた場所なんですね」
リーファが、城壁を見上げて小さく呟く。
「ああ。俺が“無能”だった場所だ」
皮肉でも、自嘲でもなかった。ただの事実として、口にした。
門をくぐると、王都特有の匂いが肌にまとわりついてくる。香を焚きしめた衣装、磨かれた石畳、そして人いきれ。行き交う視線は多いが、どれも冷たく、他人へ関心を払わない。ここでは、実力より“立場”が先に人を値踏みする。辺境のギルドとは、空気の重さからして違った。
魔術局が指定した集合場所は、皮肉なことに、かつて俺が通った魔術学院の一角だった。石畳を踏むたびに、覚えのある感触が足裏から這い上がってくる。
「……ここで、待機を」
案内の役人が、こちらを見もせずに事務的に告げた。
中庭には、すでに何人かの参加者が集まっていた。高価な装備。隙のない身のこなし。選ばれた者だという自負を、誰もが薄く漂わせている。
その中に――見覚えのある後ろ姿があった。
乱れひとつない金髪。まっすぐに伸びた背筋。カイルだ。そして、その隣。上品に微笑み、周囲と談笑する少女。セシリアだった。
二人の姿を認めた瞬間、みぞおちの奥で、何かが静かに動いた。だが、それは怒りでも憎しみでもない。もっと乾いた、確かめずにはいられない疼き。
本当に、俺はもう違う場所に立てているのか。それを、あの二人の顔を前にしても揺らがずにいられるか――試されているのは、むしろ俺自身だった。
リーファが、俺の袖を軽く引く。
「……大丈夫、ですか」
「ああ」
短く答える。ちょうどその時。
カイルが、ふと顔を上げ、こちらを見た。一瞬、視線が交わる。彼は、軽く首を傾げた。
「……誰だ?」
その一言で、全てが分かった。俺はもう、彼にとって“見下す価値すらない存在”ですらない。ただの、名も知らぬ冒険者。眼中から、きれいに消え去っている。
それでいい。むしろ、それでこそ意味がある。憎まれるより、忘れられているほうが、これから覆すのに都合がいい。
セシリアも、ちらりとこちらへ目を向けた。だが、装備の質でも見定めたのか、すぐに興味を失って視線を戻す。俺は、ただ静かに息を吸った。ここで声を荒げる必要はない。言葉も、証明も、これから全部、向こうから揃えに来る。
役人が、声を張り上げた。
「――これより、王都特別調査任務の説明を行う!」
全員の視線が、前に集まる。俺は、一歩だけ前へ出た。かつて自分を切り捨てた世界の、その中心に。
まだ、何も言い返してはいない。ざまぁと呼ぶには、早すぎる。だが、逃げ場のない盤の上に、追放した側とされた側が、今こうして並んで立っている。あとは、駒が動くのを待つだけだ。
――第1部、完。
第1部、ここまでお読みいただきありがとうございます。
追放した側と、された側。逆転した盤の上で――次の第2部、“ざまぁ”はここから動き出します。




