第18話 噂
翌日、冒険者ギルドの空気は、明らかに違っていた。
「……聞いたか、北部街道の件」
ひそひそと交わされる声。カウンターに肘をついた男が、こちらを一瞥しては、また仲間へ顔を寄せる。視線が、俺の背に何度も刺さった。
当然だ。ベテランが撤退した依頼を、新人が片付けた。しかも被害はゼロ。これで噂が立たないほうがどうかしている。
「アレンさん」
受付嬢が、いつもより硬い表情で声をかけてきた。
「ギルドマスターがお呼びです。……応接室へ」
その一言で、周囲が一斉にざわついた。
「ギルドマスター?」
「あの若造が、直々に?」
俺は軽く頷き、リーファと共に奥へ進んだ。振り返らなくても、無数の視線が背中を追ってくるのがわかる。
重厚な扉の向こう。応接室には、一人の男が座っていた。白髪交じりの短髪。鍛え抜かれた体躯が、椅子を窮屈そうに見せている。ただ座っているだけで、部屋の重心がそこにあった。只者じゃない。
「座れ」
短く、低い声。俺たちは、向かいに腰を下ろした。
「私は、この街の冒険者ギルドを預かる者だ。名は、ロイド」
ギルドマスター、その人だった。
「まず、礼を言う。北部街道の件、よくやってくれた」
「仕事をしただけです」
ロイドは、俺をじっと見つめる。
「……謙虚だな。だが、隠す必要はない」
彼は、一枚の書類を机に滑らせた。
「討伐隊からの報告書だ。“知性ある魔物”“人型使い魔”――そんな記述がある」
やはり、把握されている。
「お前は、それを単独で処理した。違うか?」
「……はい」
ロイドは、ゆっくりと息を吐いた。
「正直に言おう。この街のギルドでは、手に余る案件だ」
その言葉に、リーファが息を呑む。
「だが、王都へ報告する前に、確認したいことがある」
ロイドは、机に肘をつき、身を乗り出した。
「お前は……どこまで、見えている?」
俺は、少し考えて答えた。
「魔物が、操られている。それも、単なる魔族じゃない」
「……ほう」
「世界の“歪み”に、関係している。まだ、全容は分かりませんが」
一瞬の沈黙のあと、ロイドは苦笑した。
「……新人に聞く話じゃないな」
だが、その目は笑っていなかった。
「分かった。この件は、王都に正式報告する。それと――」
彼は、机の引き出しから金属製のカードを取り出した。ランプの光を鈍く弾く。
「仮措置だ。お前のランクを、C相当として扱う」
リーファが、思わず声を上げそうになる。俺は、手のひらでそれを軽く制した。
「異例だ。だが、実力は証明された」
「……ありがとうございます」
「礼はいい。その代わり――」
ロイドは、真っ直ぐに俺を見た。
「面倒事が増えるぞ。覚悟しておけ」
俺は、少しだけ笑った。
「……もう、慣れました」
応接室を出ると、ギルド内の視線が一斉に集まった。誰も、声をかけてこない。だが、その沈黙はもう嘲りではなかった。息を潜めるような、敬意に近い静けさ。
「……すごいですね」
リーファが、小さく言う。
「もう、完全に有名人です」
「そうかもな」
俺は、掲示板へ目をやった。並んだ依頼書のなかに、一枚だけ、明らかに毛色の違うものが貼られている。
封蝋付き。上等な紙。発行元――王都。
その一枚だけが、周囲から浮いて見えた。追い出した場所が、今度は俺を必要としている。皮肉な話だ。
俺は、封蝋に押された紋章をしばらく見つめた。剥がすかどうかは、まだ決めていない。だが、あれを掴んだ瞬間、王都との縁がもう一度結び直されることだけは、はっきりと分かった。
剥がすかどうかを、彼はまだ決めていません。次話、その手が動きます。




