第112話 揺らぐ立ち位置
会議のあと。
誰もすぐには動かなかった。
結論は出ていない。
だが、方向だけは見えた。
分かれ始めている。
廊下に出ると、
若い技師がミレナに声をかける。
「……あの」
「うん?」
「さっきの話ですけど」
少し迷ってから、続ける。
「本当に、今の状態って悪いですか?」
まっすぐな目だった。
責めているわけではない。
理解したいだけだ。
「……悪い、とは言い切れない」
ミレナは正直に答える。
「でも、気持ち悪い」
「気持ち悪い?」
「うん」
言葉を探す。
「全部うまくいきすぎてる」
「それって、いいことじゃないですか」
「いいことだよ」
即答する。
だが——
「“それしかない”のが、嫌」
技師は、少しだけ考える。
「選べる必要、ありますか?」
その問いは、核心だった。
ミレナは、すぐに答えられない。
空白地帯での記憶がよぎる。
迷った。
間違えた。
傷つけた。
それでも——
「……あった方がいい」
「どうしてです?」
静かな問い。
ミレナは、少しだけ笑う。
「分からない」
「分からないけど」
「なくなったら、たぶん後悔する」
技師は、目を伏せる。
論理ではない。
だが、
無視できない感覚。
その頃。
別室では、
別の話が進んでいた。
「管理を強化すべきです」
中堅技師が言う。
「この流れは、抑えるべきではない」
「むしろ、乗るべきだ」
エルドは、腕を組んで聞いている。
「収束傾向は明らかです」
「ならば、それに合わせて制度を最適化する」
「境界は、最適解を提示している」
「我々は、それを利用すればいい」
理にかなっている。
無駄がない。
正しい。
「……それは管理か?」
エルドが、静かに問う。
「え?」
「選択肢が一つしかない状態で」
「それを“選んだ”と言えるのか」
沈黙。
だが、
反論はすぐに出る。
「結果が良ければ問題ないでしょう」
その言葉に、
エルドは目を閉じる。
それもまた、正しい。
だからこそ——
決めきれない。
外。
アレンは、一人で立っていた。
街の動きは変わらない。
境界も、変わらない。
ただ、
人の中が変わり始めている。
ミレナが、隣に来る。
「……分かれてきましたね」
「ああ」
「どうすればいいと思います?」
問い。
だが、
答えは求めていない。
アレンは、少しだけ空を見る。
「選べばいい」
「……簡単に言いますね」
「簡単だ」
「だが」
少し間を置く。
「どれを選んでも、何かは失う」
ミレナは、静かに頷く。
それはもう、
分かっている。
空白地帯で学んだことだ。
正解はない。
あるのは、
選んだ結果だけ。
「……怖いですね」
「怖いな」
アレンは否定しない。
怖さがあるから、
選択は重くなる。
その時。
遠くで、境界が発生する。
誰も慌てない。
誰も迷わない。
ただ、処理される。
完璧に。
ミレナは、それを見て言う。
「……あっちの方が、楽ですよね」
「ああ」
「でも」
視線を逸らさない。
「選びます」
その言葉は、
決意ではない。
ただの確認だ。
自分が、
どちら側に立つかの。
アレンは、何も言わない。
ただ、
横に立つ。
それが、
彼の立ち位置だった。
選択は、まだ残っている。
だが——
それを選ぶ人間は、
少しずつ減っていた。
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