第111話 正しさを選ぶ者たち
会議室の空気は、張り詰めていた。
「現状、被害は過去最低です」
技師の報告は、明確だった。
「死者数、ほぼゼロ」
「境界処理成功率、100%」
「管理網の安定度、最高値」
誰も、その数値を否定できない。
「……つまり」
ロイドが言う。
「問題はない、ということか」
「はい」
若い技師が即答する。
その声に、迷いはない。
「現状は、理想に近い状態です」
理想。
その言葉に、
何人かが目を伏せる。
「……理想、か」
ミレナが小さく呟く。
エルドが、静かに口を開く。
「理想ではある」
「だが」
少し間を置く。
「この状態は、維持すべきものか?」
その問いに、
すぐに返答が来る。
「当然です」
別の技師が言う。
「被害がないなら、それが最善でしょう」
「外縁の衰退は?」
リーファが問う。
「副次的な問題です」
即答だった。
「全体の安全に比べれば、優先度は低い」
空気が、わずかに軋む。
「人がいなくなるんだぞ」
若い冒険者が言う。
「でも、死なないだろ」
返ってきた言葉は、冷静だった。
正しい。
完全に。
「……選べなくなってる」
ミレナが言う。
「それの何が問題なんですか?」
技師は、首を傾げる。
「選ばなくていいなら、その方が楽でしょう」
沈黙。
その意見は、
間違っていない。
だが、
何かが抜けている。
アレンは、壁にもたれたまま言う。
「楽は、悪くない」
全員が見る。
「だが」
「楽しかないと、何も残らない」
「……何がです」
若い技師が問う。
アレンは、少しだけ考える。
「跡だ」
「跡?」
「選んだ跡だ」
その言葉は、
理解されにくい。
だが、
重い。
「失敗も」
「遠回りも」
「無駄も」
「全部、跡になる」
「それが消える」
技師は、少し黙る。
だが、すぐに首を振る。
「でも、それで困る人は減ります」
「困る人が減るのは良いことだ」
アレンは頷く。
「だが」
視線を上げる。
「困らない世界は」
「考えない世界になる」
静寂。
エルドが、ゆっくりと息を吐く。
「……問題はそこだ」
「これは“改善”ではない」
「方向の固定だ」
固定。
その言葉に、
数人が顔をしかめる。
「固定の何が悪いんです」
技師が言う。
「安定します」
「崩れません」
「予測できます」
「管理しやすい」
すべて正しい。
だからこそ——
危うい。
「……止まる」
ミレナが、ぽつりと言う。
「え?」
「止まるんです」
少しずつ、
言葉が強くなる。
「外に出ない」
「新しいことをしない」
「考えない」
「それって」
息を吸う。
「生きてるって言えますか」
誰も、すぐには答えない。
答えがないからではない。
どちらも正しいからだ。
ロイドが、低く言う。
「……分かれるな」
その一言で、空気が変わる。
管理を強化するべきか。
選択を残すべきか。
正しさは、一つではない。
アレンは、静かに目を閉じる。
来たな、と思う。
これは、
境界の問題ではない。
人間の問題だ。
収束は、止められない。
だが——
従うかどうかは、選べる。
その選択が、
これから、分かれていく。
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