第105話 拒む街
街の入口には、管理装置がなかった。
石造りの門。
古い見張り台。
そして、杭。
打ち込まれたままの、古い印。
「……本当に外したのか」
若い技師が、信じられないという顔で言う。
「はい」
門番の男は、淡々と答える。
「管理装置は、三日前に撤去しました」
ミレナが、一歩前に出る。
「理由を聞かせてください」
男は、少しだけ空を見た。
「楽すぎた」
「……え?」
「境界が出ても、全部終わる」
「誰も動かない」
「誰も考えない」
短く、だがはっきりした言葉。
「それの何が問題なんですか」
技師が言う。
「被害はゼロなんでしょう?」
「ゼロだ」
男は、頷く。
「だから、問題なんだ」
沈黙。
「商人は来なくなった」
「冒険者も来ない」
「外に出る理由もない」
「安全だから?」
「違う」
男は、首を振る。
「必要がなくなった」
その言葉は、静かに重い。
街の中へ入る。
人はいる。
生活もある。
だが――
どこか、停滞している。
市場は小さい。
品は少ない。
動きが鈍い。
「……活気がない」
若い冒険者が、ぽつりと言う。
誰も否定しない。
境界警報が鳴る。
全員が空を見る。
小規模。
以前なら、
すぐに管理装置が反応していた。
だが今は――
何も起きない。
揺れは、ゆっくりと広がる。
「……どうするんだ」
若い技師が、焦る。
門番の男は、動かない。
「見る」
「それだけか?」
「それだけだ」
境界は、揺れる。
だが――
以前と違う。
暴れない。
拡大しない。
ただ、そこにある。
アレンが、静かに観測する。
境界は、
“形を変えない”。
最適な状態を保ったまま、
動かない。
「……待ってるな」
ミレナが呟く。
何を?
答えは、分かっている。
踏むか、
管理するか。
選択を。
だがこの街は、
それを拒んでいる。
数分後。
境界は、
そのまま薄れて消えた。
被害ゼロ。
管理なし。
踏破なし。
沈黙。
「……処理、できた?」
若い技師が、呆然とする。
「処理じゃない」
アレンが言う。
「放置だ」
「でも、被害は」
「たまたまだ」
その言葉に、
誰も反論できない。
門番の男が、静かに言う。
「俺たちはな」
「“選ばされる”のが嫌なんだ」
ミレナが、顔を上げる。
「最適解は楽だ」
「だが、それしかなくなる」
「それは――」
言葉を探す。
だが、出てこない。
男が続ける。
「生きてる感じがしない」
静かな言葉。
だが、
重く刺さる。
アレンは、何も言わない。
ただ、
その街の空気を見ている。
安全だ。
だが、
動いていない。
境界は、
消えた。
だが、
“選択しない状態”だけが、
残っていた。
その夜。
ミレナが、ぽつりと呟く。
「……どっちが正しいんでしょう」
アレンは答えない。
正しさは、
一つではない。
だが――
選ばなければならない。
それだけは、
変わらなかった。
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