第104話 安定の圧
エルドの解析室は、静まり返っていた。
結晶板に映るのは、
ここ数日の境界発生データ。
波形は滑らか。
ばらつきは、ほとんどない。
「……あり得ないな」
彼は、低く呟く。
境界は本来、
不規則であるはずだった。
場所も、
規模も、
性質も。
だが今は――
すべてが、似ている。
均一。
安定。
予測可能。
「確率分布が、潰れている」
技師の一人が言う。
「外れ値が消えてる」
「いや」
エルドは首を振る。
「消えているんじゃない」
「選ばれている」
沈黙。
その言葉は、
技術的というより、直感に近い。
――――
現場。
小規模な境界が発生していた。
外縁寄り。
管理装置の影から、少し外れた位置。
「処理、可能です」
技師が言う。
「干渉まで十秒」
境界は、揺れている。
だが、
以前のような不安定さはない。
均一な振動。
整った形。
ミレナが、一歩前に出る。
「踏む?」
誰かが言う。
踏めば、早い。
だが、
管理でも処理できる。
選択肢は、あるはずだった。
アレンは、何も言わない。
ただ、境界を見る。
境界は――
“待っている”。
踏まれるのを。
干渉されるのを。
どちらでもいい。
だが、
最適な結果になる方へ。
「……」
ミレナは、踏み出しかけて止まる。
理由はない。
ただ、違和感。
「干渉開始!」
技師の声。
装置が光る。
境界は、
素直に収束した。
完璧に。
沈黙。
誰も動かない。
「……今の」
若い冒険者が、呟く。
「どっちでも良かったよな」
踏んでも、
干渉でも。
結果は同じ。
被害ゼロ。
最短収束。
アレンが、静かに言う。
「違うな」
全員が見る。
「どっちでもいいんじゃない」
「どっちを選んでも、同じになるようにされてる」
ミレナが、息を呑む。
「……それって」
「選択じゃない」
アレンは、境界が消えた場所を見つめる。
「収束だ」
夜。
エルドからの通信。
『境界の分布が、急速に収束している』
『発生位置、規模、波形』
『すべてが最適解に近づいている』
少し間を置いて、
『……安定しすぎている』
その言葉には、
わずかな警戒が含まれていた。
アレンは、空を見る。
星は変わらない。
街も変わらない。
だが、
世界の中で、
何かが静かに圧をかけている。
ばらつきを潰す圧。
迷いを消す圧。
選択肢を減らす圧。
――安定の圧。
ミレナが、ぽつりと呟く。
「……これ、止まらないですよね」
アレンは、答えない。
分かっているからだ。
止まらない。
これは、
誰かの意思ではない。
世界の流れだ。
だからこそ、
厄介だ。
境界が、遠くでまた生まれる。
そして、
迷うことなく収束する。
完璧に。
正しく。
無駄なく。
その正しさが、
静かに、
世界を削っていた。
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