53話 アン・シャーリー、川流れを楽しむ
「そうそう、ゆっくりだったら乗れるよね。あーっ、上半身を起こしたらだめ! 手で水をかき回そう、なんてとんでもない! 死んだ王女みたいに横になって、体を動かさないで、両手はお腹の上に! 目を開けてるとか、息をしてるのはゆるそう。くしゃみするときは……」
伯爵令嬢リリちゃんが作った新造船「タイタニック」は鉄の舟で、実験船に近いものだから、ネコ4匹以外の、ヒトなどの場合はうまく乗らないと沈む。
30分ぐらいかけて、リリちゃんは舟の回りに丸太とか発泡スチロールなどをつけ、アン・シャーリーであるおれも気晴らしのために、体重がすこしでも減るかと思って軽い運動をして待っていた。
「この舟、穴があいたり、底から水が漏れてくるってことないよね」と、おれは確認した。
「鉄の舟に穴を開けるのは、魚雷でも打ち込まれないかぎり無理だよ。ただし……」
ただし?
「水がどばどば、人間のかい出す以上の勢いで入ってきたら絶対に沈む。無理しないでね、アン、これは大切な実験船なんだから」
おれより舟のほうを心配しているのか。
GPSも装備してるから、自動操縦。つまり、おれは何もする必要がない、というより何かをしてはいけないらしい。
舟はゆっくり、川の流れにしたがって、湖のほうまで流れていった。
携帯端末を、寝たまま風景を眺めるモードにして見ていると、夏の濃い緑が水面に照らされて、水の色も緑に見える。
おれの白いドレスも、木の葉の影によって濃淡が、黒澤明『羅生門』の映画のように、くっきり黒くなったり淡くなったりする。
風は気持ちよくて、乗り心地も悪くない。
たまにすれ違う舟は、「タイタニック」を見るとびっくりして、かなり慎重に避けてくれるから、大きな波が立つこともない。
しかしこのあと、舟は沈んで、たまたま通りかかったギルバートに助けてもらうんだよな、原作では。
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この原作の「たまたま」は、かなりうさん臭い方向でのたまたま、だと思う。
あなたが町を歩いていて、不良にカツアゲされたとき、助けに来た男子は、そのカツアゲの不良と裏でディール、取引してるに決まってるだろ、と普通は思いますよね。
あるいは、海岸でいじめられてる、ように思えるカメと子どもたちとか。
そういうのはたいてい、チャージマン研を罠にはめようと思っている劇団ジュラルのしわざ、というテンプレだ。
つまり、作者のモンゴメリは、たまたまギルバートが助けに来てくれた、というふうにしたほうが、今後の話の都合上いろいろ意味があるわけね。
だいたい、ギルバートが舟を漕ぐ理由なんてないだろ。ボート部とか、父親が船頭だった、という伏線もない。今どきの漫画の編集者なら、絶対ツッコミを入れたくなるところだ。
おれの想像では、ギルバートは物語クラブのみんなと取引して、わざとアンを、沈む舟に乗せたんじゃないかと思う。
やめときなよアン、危ないよ、と言えば、絶対にアンは乗ると確信しているんだろうな。
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しばらく舟遊び、というか舟流れを楽しんでいるうちに、舟は橋の近くまで来た。そしてまっすぐ、修理された橋桁のほうに向かっている。
ちょちょちょ、ちょっと待ってよ。
あの橋桁は、こないだの大水で一部が壊れてしまったため、仮補修の形で置かれているだけのものだ。それも最近。
つまり、この舟のGPSは、最新のデータで更新されていないんだな。
舟は右舷を、仮補修の橋桁に、豪華客船のタイタニックと同じように、がつん、ごりごり、とぶつけた。




