52話 アン・シャーリー、伯爵令嬢の作った新造船に乗る
「見て、これが私の新造船!」
伯爵令嬢だったリリちゃんは、道楽が過ぎて一時勘当の身だったんだけど、真面目に船頭のしごとを続けたので、もう戻っていいよ、と伯爵に言われた。
この時代のカナダに、貴族というものがいるかどうかと言えば、まずいない。
だけど、アン・シャーリーが孤児院にいたとき、一緒の孤児が「本当は貴族なんだけど、乳母にさらわれて」的なことを想像したもんだから、いることになった。
正確に言えば、アンの想像力が二次創作に影響を与えた、というべきなんだろうな。
屋敷に戻っても問題ないはずのリリちゃんは、どうやら船頭が板についたらしく、健康的な赤金色の肌になり、ドリルレースではない短めの髪もあって、令嬢にはあまり見えない。
今はリリちゃんは、親の援助で船主・海運会社の持ち主に成り上がっていた。
農作物を港へ運んだり、港から生活の必需品を運んだりという会社の実務的な作業を、リアル世界ではシナノの姉である勉強狂のミノワ(架空世界ではリリの侍従)にサポートしてもらって、きちんとこなしているようである。
そんなリリから、新造船を見て、という連絡が来たので、おれは行ってみることにした。
全体が黒く、人ひとりが横になって寝そべることができそうな大きさの小舟で、どうやら鉄でできているようだ。
喫水線部分には赤い線が引かれているけれども……。
「なかなか立派だね。舟の名前は?」
「タイタニック!」
それ、絶対あかんやつや。
鉄の舟が沈むわけがない、という謎理論にもとづいてるらしいけれども……。
「あー、『ポセイドン』とかに変えたら?」
「それは大波をくらって逆さまになる船だから縁起悪くない?」
『ポセイドン・アドベンチャー』ね。50年ぐらい昔のパニック・デザスター映画でヒットしたんだけど、いまはもうあまり覚えてる人は多くないかな。
おれはゆっくり、用心しながら『タイタニック』に乗った。
波が来ると、喫水線を超えて水が入りそうになってつらい。
「これはだいぶ改善の余地がありそうだな。構造設計からやり直してみたら?」
「そんなに喫水線以上になることはないはずなんだけど」
「……あんた、ひょっとして何も乗せない想定で、船作ったりしてない?」
「バカなこと言うなよ。ちゃんとネコ乗せたときは大丈夫だったんだよ。それも4匹も。……むしろ、アン、最近あなた太ってたりしてない?」
失礼だな。
確かに、最初にアボンリーに来たときよりは、マリラの料理で肉付きはよくなってはいるだろうけど、ネコ4匹より軽い十代女子はいない。
「試験公開だから無理しないでね」と、おれは位置情報を共有するためお互いの端末をセットした。
「GPSで自動運転なので、川から湖まで出てちょっと回ったら戻ってくるようにしてあるから」
これがあの恐ろしい事件のはじまりだったとは……いやそんなにもったいぶらなくても、『赤毛のアン』の原作を知っている人なら知っているはずである。
なお、船底の栓が抜けてたり、緩んでたり、ということはなかった。




