(番外19)ルキフェル、ネコ缶を食べる
宅飲みのいいところは、いくら飲んでも家に帰らなくてもいいことである。
動画でのやりとりもすれば、人に会わなくても問題がない。
しかし、どうも昨夜はおれは飲みすぎてしまったようだ。
*
最初に頬に感じたのは、湿ったざらざらしたなにか、次にははっきりと冷たい、やわらかな指で押されるような複数の感触。それから、物理的に圧を感じる、ぱふぱふと叩かれる軽い痛み。
目を覚ますと、カーテン越しに日があたるベッドの中に、見慣れたハチワレネコがいた。
「なんだ、ネコ型のルキフェルかよ。舌と鼻と手で起こしたんだな」
(たまには誰かと一緒に寝るのもいいだろう)とルキフェルは言った。
「そうね。とりあえず美少女とか男子とか、微妙に問題ありそうな形態じゃないのは助かったかな。そもそも堕天使というのは、睡眠が必要なのか」
(ヒトの体型だとずっと起きて作業とかできるよ。昨夜は寝てみたかったんだ)
「おれと?」
(それは過剰解釈だな。そんなに誘惑して誰かをダメ人間にするほど堕天使は邪悪じゃないよ)
おれが体を起こすと、頭ががんがん痛かった。明らかに二日酔いという感じで、這うようにして冷蔵庫まで行き、冷たい牛乳を飲んだ。
(俺にもなにかくれよ。お腹が減った)
にゃー、とハチワレはおねだりする。
「そんなもの、あったかな」
(スーパーマーケットで、酒とおつまみを買ったときに、ネコ缶も混ぜておいたんだ)
というわけで、ネコ缶を開けて、空き缶や空袋がちらかっているおれの部屋を整理した。ルキフェルは手伝ってくれないのかよ、魔法とか使って。
(お前、ネコを舐めてるな。開けたドアを締めるネコとか後片付けをするネコなんて見たことないだろ)
確かに。
*
「隣の天使様は、確かに天使だと思うんだ」と、ルキフェルは言った。
おれがベーコンエッグと卵とパンを食べてる間、再びヒト型に戻ったルキフェルは言った。
ルキフェルの容姿は、身にまとっている服はカラスっぽく、頭には光輪があって、背中には半透明の黒い羽根が生えている。光輪と羽根は、信心深いものと、信心に無関心な者には見えるんだけど、おれに対しては、わざと見せているところがある気がする。
「つまり、タコ型の創造神が、天使のひとりをヒト型知性体の世界に送り込んだんだな」と、フキフェルは、悪魔のように黒いコーヒーを飲みながら言った。
「目的は何? 地球征服?」
「征服したって、生活の基盤が違っていすぎるから、ずっとヒトの世界を征服し続けることは無理だよ。ヒトの手が及ばない海底から、役に立つ資源を入手したり、沈没船からお宝ゲットしたりしてる程度で、タコ型宇宙人の乗った宇宙船が、いきなり地球の軍隊と侵略・祖国防衛戦争をはじめるなんてのは、昔のSFだ」
あとは異文化交流かな。ヒトの文化や、ものの考えかたについて学習して、参考にする。神・天使同士や堕天使同士ではよくあることだけど、ヒトの世界に直接来るというのは珍しい。
近い将来、ヒトにとっていいことがあるかもしれんね、とルキフェルは追加した。
*
「ところで、ルキフェルもタコ型知性体に、変形できる?」
「もちろん。ただ、水槽がなくっちゃなー。床とか机の上で、のたくらー、のたくらーしててもねえ。水槽ってけっこう高いよ」
*
この世界では常識的で礼儀正しい農学部のシナノさん、赤毛のアンの仮想世界では伯爵令嬢のリリから、新造船ができました、という通知が来たので、おれ、アン・シャーリーは行ってみることにした。




