54話 アン・シャーリー、助けを待つ
リリちゃんが私のために作った、というより私を試験のために使ってみようと思った鉄の新造船「タイタニック」は、豪華客船が氷河にぶつかったときと同じように、右舷を修理中の橋桁にぶつけた。
鉄の船に穴が開くことは、ない、とまでは言わないけど、鉄よりも固くて破壊力があるものではないと穴は開かない。
ただし、舟の前部が高くなったので、後部からは川の水がざばざばと入ってきているから、もう数分もしないうちに沈むことは確実である。
おれは携帯端末を取り出して、急いでリリちゃんに連絡を取った。
「もしもし、リリちゃん?」
「ふわ? ……あなたはアン。緊急事態だね」
ふわ、と言ったところを見ると、どうやら午睡をしていたと思われるけど、そこからの反応は早かった。
「タイタニックがもうすぐ沈む。助けに来て。場所は」
手が滑った。
携帯端末がきらきらと輝きながら、ゆっくりと水に潜った。
一応防水性ではあるし、舟の位置もGPSが作動していればじきにわかるはずだから問題ないだろう。いや、舟のGPSって、防水になってないとか。そんなことはないですよね
おれは橋の下に張られている横梁の、おとなのヒトが潜り込むにはややせますぎ、鳥たちには快適だろうと思われる空間に、体を横にしてもぐりこんだ。
これでギルバートが、だから言ったろう、とえらそうに説教するんだろうな。おれは何も悪いことしてないっつーの。叱るならリリちゃんのほうだろう。絶対、君が無事でよかった、アン、なんて言わないことは確かなのである。
*
30分ぐらい、おれが鳥につつかれながら待っていると、中型のボートがやってきた。
ボートには、へとへとになってオールを漕いでいるリリちゃんと、先頭で舟の向きを指示して合図を送っているギルバートがいた。
原作ではイケメンのナイスガイだけど、この仮想世界、二次創作の世界では、ギルバートはスキンヘッドでいろいろな形の色つきメガネをかけていて、ときどきスーパーヒーローがつけるような、変なマントをつけている。チェンソーマンが一般人のふりをしたときのような格好である。
リアル世界では、近い将来国家の中枢である中央省庁で働き、日本の未来を地味に作って支えていくだろう男、シンキバにはとても見えない。
舟が橋の20メートルぐらいのところまで来ると、赤色のフチがあるメガネをつけたまま、ギルバートは、待ってろアン、と水中に飛び込んだ。なお服は脱いでパンツひとつである。
たしかに、ヘトヘトのリリちゃんが橋に近づくのは、かなり時間がかかりそうだ。
というか、ちゃんと船頭の修行をしていたのか、リリちゃんは。単に屋外でごろごろしながら昼寝して日焼けしただけなのではないのか。
あっそうか、おれが落とした携帯端末を拾ってくれるつもりなんだな。ギルバート、なかなかやるじゃん。
5メートルぐらいまで来ると、ギルバートは泳ぐのをやめた。
「メガネを川に落とした」
それは大変だね。
「だから、お前が拾ってこい、アン」
そんな無茶な、とは思ったけど、メガネを使っている人はみんな知っている。
メガネがないとメガネは探せないのである。




