029 聖女+瞳×唇=金牛
学校設備である転移門は利用者の特定などの問題があったから使わなかったのだろうけど、犬上と戦った時点で諦めればよかったのに、全く手間をかけさせてくれるよね。
僕はこの後の事を考えて二人に声を掛ける。
「二人とも――」
「はい――ンゥ」
「はい――アゥ」
あぁ、これだ――
最高じゃないか、やはりまだ同時に二人分を一気にブーストするのは多少問題はあるけれど、些細なことだよな。
俺は二人と唇を重ねて魔力にブーストをかけた状態になる。
魔力が溢れて自然に肉体の強化までなされるこの感覚、さっさと始末してやろうじゃないか。
「それじゃあ葛葉、後を頼む、俺が車を停止させたら頼むぞ」
打ち合わせ通りに俺が車体に取り付いたらヘリは少し離れた場所に着陸し、妻二人には其方から接近して貰う予定だ。
問題も無いだろう、ブーストした状態の副次的な効果で俺の魔力の影響を受けた二人も魔力が上昇するのだから。
「畏まりました」
ともかく今はマーリアの無事を信じて――
俺は空中へと身を躍らせた。
ヘリで近づけば発見されてしまうだろうと判断しての行動だが、強襲するんだからこれぐらいはしないとな……
『朔、刀だ、アーティー魔法を用意しろ』
『では、従具化』
『炎系で宜しいですか』
『ああ、ブヴァル《炎槍》でいい』
落下しながら朔とアーティーに指示をだして強襲の準備をしておく、魔術ではなくオリジナルのブヴァルを用意していても問題ないだろう。
――トンッ
大型のバンの天井に着地すると同時に、手加減無しで発現させた朔の闇の太刀で車体を切り裂き強制的に車の前部と後部を切り離した。
そして切り離されても尚走る前部にむけてブヴァルを発動させた。
――ゴゥ
「うわぁあ!」
「なっ!」
驚いている暇なんかないだろう、お前らはルールを守らないんだ、ならこちらがルールを守る必要はない。
それが吸血鬼の法だ。
前部には別に必要な者はいない、其処に居たのはどうせ倒す敵だ、なら容赦なんて必要ないだろう?
荷物として積み込まれたマーリアが後ろにいるかどうかぐらい強化された目には体温すら見えてしまう。
――ガガガガッ
切り離された後部車両はアスファルトを削りながら停止し、切り裂かれた部分から一人の青年が顔を出した。よく見慣れた真祖の吸血鬼、ジルだった。
「ル、ルクス!? なんでここ――」
「ジル、犬上と揉めた時点で諦めろよ、往生際が悪いな、だいたいお前とその子は絡みさえなかっただろうが、何が目的だ?」
「あなたに纏わりつくコイツを餌に貴方を呼び出す予定だったのだけれど、ちょうどいいわ、ここで倒して、ワタシのものになってよ、ルクス!」
「気持ちわるいな、おまえ。俺はそっちの趣味なんてねえし、嫁が既に二人もいるんだからそれぐらい分かれよ」
「そうよ、だからこそ、あの女達がいるからルクスが手に入らない、魔力が宿ったからって結婚までしやがってあの女共がぁ」
本当に気持ち悪いな……
言動も怪しいし、これはキマッてて思考が怪しいのか、それとも狂ってるのか。
「お前さ、仮に彼女たちがいようがいまいが――まあ、そんな事はありえないけど――俺がお前なんて相手にする事は天変地異がおこってもありえねえよ」
「ワタシのは真実の愛よ! 結ばれないけどオモイアウノヨ憎ミ傷付ケアウノガ愛! アイシテルワァルクスゥ」
やっぱり薬使ってたか……
言葉だけじゃなくてジルの一族特有の変貌を始めた。
使う前にぶっ飛ばそうと思ってたのに、面倒な状態になりやがった。
あれだ、どうせ死なないし、真っ二つに切り裂いていいよな。
若手では実力No1とまで言われる吸血鬼なんだから、死ぬなよ、聞きたい事もあるしな。
だれにこんな事を持ちかけられたのか色々さ。
だってそうだろ、コイツは変体だけど頭はそれなりに優秀だ。
ドラクルを敵に回し、事情を知らないにしてもポラリス聖堂騎士団まで相手に回すような無謀な事はしないだろう。
と言うことは、コイツの裏には誰かが間違いなくいる。
それも、ドラクルを相手にして勝算を持つような程の相手がだ。
――ドゴッ
鋼鉄製の車体ですら切り裂いた朔の闇太刀の一撃はジルを切断する事が出来なかった。
信じられない事だが、ジルのドーピングの肉体がそれだけのモノに変貌しているということだった。
あの訓練の時にラウラ先生達の集中砲火で無傷だったのは伊達じゃなかったってことか。
だが、無傷で済んだのでもなかったようだ、切り裂くイメージで放った一撃によって腕からは血が滲み出している。
つまりは刃が通るということだ。
「ワタシノ美ニキズヲ!? タトエルクスデモ許サナイワ! ソノ罪は死デシカ償エナイワ」
そう叫びながらジルは銃のようなものを懐から取り出すと自らの首筋へと押し当てて躊躇なく引き金を引いた。
ジルは「ガァァアアアア!」と咆哮とも絶叫とも聞こえる声を発しながら魔力を溢れさせ、更に筋肉を増大させていく、ギシギシという音と共に変貌していく様は急激な成長過程を移す動画を早送りで見ているようであり、変身し終えたその姿は異形といって差し支えなかった。
――カァアア
吐き出される呼気に混じる濃厚な魔力は真祖をなのるに相応しい量を含んでいる。
錬金の秘奥に至り吸血鬼となった一族に相応しい怪物へと変貌した瞬間に悪寒が走った。
中途半端な攻撃は更に通じないだろうとこちらも魔法での攻撃に移るべく準備を一瞬にして取りやめ防御へと全力を注ぎ込んだ。
――ドゴッ
「ぐぅ……チッ予想外に化け物だったな」
咄嗟に構えた防御の上から殴りつけ俺を吹き飛ばしたのは、一瞬にして移動してきたジルの拳だった。
ブーストしているこちらと同等、いやそれ以上の速さか……
薬を使う事によって強くなるとは知っていたが、これが奴の血統の強化状態か、たいした物だと思う。
不老不死の肉体を持つからこそ成し得たと言われる肉体改造と薬物による一時的なブースト状態。
普段に使ってたのはあくまでそれで十分だったからって事か。まさか隠し玉まで用意してるとはね、ちょっと甘くみてたか。
「貴様、この変態が、私の夫に手を出そうとするなどといい度胸だ」
「全くですわ、以前から怪しいとは思っておりましたけれど、泥棒猫のような真似をする為に友人を攫うとは吸血鬼の風上にも置けない、ましてや三卿の一家などと言えない所業」
まあ、言ってる事は正しいが……
ちょっとお前たちじゃ荷が重いな、くそ、さっきの一撃で片腕が折れてるか。
筋肉達磨がっ、馬鹿力過ぎるだろう。
「キタナラシイコムスメガァ!」
「そいつはまずい!」
斬撃中心の十六夜と魔術を元に攻撃をする二人はとても相性がいい攻撃を繰り出すが、ソイツのブーストは今の俺を上回るんだ……
「葛葉!」
「はい、終えております……」
「これは、薬か……」
葛葉が後部座席にあった巨大な吸血鬼の使う棺よりも一回り大きなものをこじ開けて、中からマーリアをたすけだしていたのだが、彼女からは生気が殆ど感じられなかった。
無理やり寝かされているというところか?
「恐らくはそれもありますが、この箱自体にも魔力を吸収する術が施されていた様子」
2段階でか、大方薬物を使って弱らせて、この棺に入れて術式を起動して魔力を吸い出したって事か……
「魔力欠乏状態――チッ、仕方がないな、3種類ブレンドしたらどうなるか判らないけどもだ、しかももう一人で強くなるのか否かも不明だけど、やっとくか――」
「ルクス様?」
悪いな、あっちで一生懸命戦っている妻をそのままに出来ないし、可能性があるならば試さないではいられない性分なんだ、ちょっと強引だけど、目覚めのキスの場所は君の瞼にしておくから、この連日のストーカー料金でいいだろう?
――チュ
瞼を少し開けて瞳に下を這わせた瞬間に得る快感とも言える全能感があふれ出す。
こ、これは――
さらに、突然に増えていく魔力量、詳細は判らんしそんなものは後々検証できればいい話だ、重要なのは俺が予想以上に賭けで大勝した事、それだけだ。
眷属では駄目でマーリアだからいける理由とすれば属性を得れるかどうかの違いだろうな、彼らは眷属だけあって基本的に闇の属性であり、魔力質も大方が我が家の魔力のみだった。
マーリアは違うからだろうか今ブーストされた魔力の総量は父さん達の推論を見事に証明するような爆発的な増え方だった。
属性毎に増える量が決まっていると仮定して、更に2乗に比例しながら増えていくに近いとすれば……
とまあそんな事はどうでもいいか。
俺のすべき事は、俺を助けるために全力を尽くしてる妻への感謝と、愛を証明する事。
「うぅ、ここは――ッル、ルク、ス?」
「ああ、済まないな君の瞳から魔力のやり取りをしたんだ、今少し力が溢れているだろう、それは吸血鬼になったわけじゃないから安心してくれ、ちょっとお仕置きしてくるから、そこでもう暫く寝てるんだ、いいなマーリア」
「あっ」
「心配なのは判るが、安心しろ、俺はお前を助けにきただけだ――あぁ、葛葉さんマーリアにチャームが効いてしまったみたいだ、軽い魔力酔いも合わせて面倒みてやってくれ、俺は殴りにいって来るから」
「成る程、これは辛い状態でしょうからね」
「頼んだ」
どうも魅了の状態に初回はなりやすいようだな……
途轍もなく嫌な予感がするのだけれども、今は防戦一方で防いでいる十六夜とイアンスを助けないとな。
「っつっせい!」
――ザシュッ
「なっ」と驚くのも仕方がないだろう、斬った俺も驚いたよ。
胴を切りつけた一撃で吹き飛ばそうとしただけで見事にジルの体が上下に分かれたんだからな。
いいね、成る程、契約ってわけじゃなかったんだが……困った、嫌な予感は当たってたわ……両肩から溢れる魔力、これは朔やアーティーの時と同じ痛み、従魔を従えろって言ってるのか。
「いいだろう、こいよ『ファントムタウラス』」
都合よくジルも力の吸血鬼だしな、いい相手だろうよ。
しかし、戦闘聖女だからって金牛って、これまた力振りだなあ。
『命名はちょっと待ってくれ、あそこで片親は寝てるからな』
『判りました主よ――この金牛たる我はご命令を頂けば山の一つは砕きましょうぞ』
『ああ、とりあえず、吹き飛ばして逃す訳にもいかないしな、従具として現れてくれ、土属性を司るお前は誰にも貫けない盾だ』
『任されましょう、従具化』
「あなた、新しい従魔?」
「旦那様、この輝く金色の牛は……」
「あぁそうだ、ちょっと厳しそうだったからマーリアを起こすついでにな」
そんな意味のあることじゃないんだが、二人の反応は攻撃を受け流し疲れていたとは思えないものだった。
「目覚めのキスを旦那様から――」
「あなた、まさか唇を重ね――」
十六夜は顔を赤くして何を妄想しているのか古い昔話の主人公に例えているようだし、イアンスは接吻したとおもってワナワナと震えていた。
おい、俺をフレンドリーファイヤーするなよ?
「取り合えず、口にはしてないから安心しろ――」と言ったのだが逆効果だったのか、一瞬だけ動きが止まった二人は更なる抗議をしてきた。
どうしろって言うんだ……




