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──いきなりの余談だが。
『酒以外に趣味などない』というジョアン。そんな彼女の飲酒ができる年齢になるまでの嗜みは、陰キャにありがちな読書。
特にハードボイルド小説を好み、一時期はハードボイルド東方文学にハマっていた。
あの謎の『カッコイイ科白』やその際に使用される妙な言い回しや独特の語尾はその名残である。
だが今のジョアンにその余裕はない。
『索敵&殲滅』は流石に余計だった……と悔やむも後の祭り。
なによりそれに続く重複魔法、改変魔法の付与では、ニールの剣気が莫大過ぎて相当な魔力量を消費しているのだから。
『でやんでぃコンコンチキショウめ!』と返そうとするも、口元がひくつく。
「ジョアン!」
「をぶっ」
魔獣は瘴気とミミズのようなモノを激しくうねらせて裂け目のできた身体を修復しながらも、まだ残る新たな肉体として構築された部分を駆使し、攻撃をしてくる。
ニールはジョアンを素早く引き寄せ、抱きかかえながら後方へと跳び、一旦魔獣から距離を取った。
(……鬼のような指示を出しておいて!)
強制的に顔を埋めさせられた隊服の胸元からは、大人の色気と共に爽やかで芳しい香りが醸されている。さながらそれは『これでもかー!』と贅沢にミントが入れられた、豪華なモヒートのよう。
イケメンは匂いまでイケメンらしい。
それがなんだかとても腹立たしく、ジョアンは一言文句を言わねば気が済まず、無理矢理顔を上げた。
「ちょっとお……!」
「ジョアン、アレを」
そういやいつの間にか図々しく名前で呼びやがって、と不満に思いながらも、声色の重さに顎で示された方に視線を向ける。
「よく見て、断面だ」
「……?」
「なにをしているように見える?」
「そりゃ、さい……──ッ?!」
『再生』──答える途中のその言葉で、ニールがなにを言いたいのか理解したジョアンは息をのみ、瞠目しながら魔獣の裂かれた断面を食い入るように見た。
再生など、有り得ないのだ。
検体は勿論、中身がハリボテでしかない剥製なら、尚更。
今、魔獣が行っている行為……まさにそれは『筋肉を創り出す』ことで間違いない。
先程の攻撃を鑑みれば嫌でも理解できる。
スライムの知能は低いが、ある程度の学習能力は期待できる。だとしても生存本能と進化による学習能力で納得いく範囲は、精々物質の取り込みや戦いでの行動の工夫まで。
取り込んだ無機物を含む物質を代替にありもしない筋肉を構築など、あまりに規格外だ。
「……研究者の誰かが禁忌を?」
「そうとしか考えられない」
おそらく最終目的は肉体の生成。
倫理的に許されない禁忌である。
「大罪だ。 アレは証拠として残さねばならなくなった……少なくともサンプルとして使えるくらいには」
「……」
「絶対に君を守ると誓う。 無理を強いているのは理解している」
正直に言うと厳しい。
そもそも以前の体術に見えていたモノだって、実際は魔力頼りの別物。魔力がなくなればジョアンは本当に『か弱い女』でしかない。少しトウの立った『か弱い令嬢』だ。
今なんかそんな未婚の令嬢でしかも教師だというのに、婚約者でもない男の身体に凭れ掛かって立たずにはいれないほど、酷く怠い。
だが──
「わかりました。 ……守ってくれるんですよね? 絶対に」
ジョアンは承諾した。
毒を食らわば皿までだ。
厳しいが、無理ではない。
(それに、もう少しで……あっ)
「あの、ロス団長」
ひとつ伝え忘れたことに気付いて、顔を上げた。
「ジョアン」
「──えっ」
顎が見えると思っていたのに、見えたのは物凄く近い、ニールの顔で。
「……んんっ!!!?」
それもすぐ、一部しか見えなくなった。
それは『口付け』などという生温いものではなく、それこそ昔に東方文学で読んだ『口吸い』に近い。結局のところ意味は同じなのだが、字面的に。
近いというのも、時折吸われてもいるけれど送られているので──要は、唾液による魔力譲渡が目的の行為なのだ。
ただ、目的がわかっていれば納得できるというわけでもない。
未だニールの腕の中に囚われたままのジョアンにできる抵抗は、胸を叩く程度の可愛いもの。
「……っん、はぁっ……!」
「ん。 ほら、まだ……」
「んぅー?!?!」
むしろそれに気を良くしたらしく、息継ぎのように僅かに離れたと思えばまた、と執拗に繰り返してくる。
納得もしてないし目的のため、と言うにも既に過分──しかしそうツッコむにはジョアンはあまりにも初心であり、自己肯定感も低い陰キャ女子(25)であった。
わざわざ自分にそんなことをこのエリートイケメンがする必要があるのか、と言われたら『否』なのだ。ジョアンの中で。
とはいえ『だから拒否しない』という理由もないのだが、抗えない。
魔力の相性がいいのか、回復を感じるだけでなく、とにかく気持ちが良すぎるのだ。
誤解を招きそうだが、魔力譲渡による快感は別に性的なモノではない。例えて言うなら風呂やマッサージで、全身のコリが解されていくような快感である。
──ただし譲渡の方法と、既に目的は達成していることを踏まえなければならないだろう。
そもそもこれが初めての口付けであるジョアンに、違いなどわかるわけないにせよ。
「ン……」
(可愛いな)
ようやく離した後。
回復した筈なのにヘロヘロのジョアンを見て、ニールはまずそう思った。
やり過ぎてしまった、という反省はないらしい。なんならまだしたい。自制してコレ。
「よしよし、立てるかい?」
「ひゃい……」
頭を撫でながら子供をあやすように言われるも、ジョアンはそれどころではない様子。
「い、今改変魔法を……」
「うん。 よろしく」
「……ぴゃっ!?」
ついでとばかりに(隙あらば、とも言う)額にチュッとされ、変な鳴き声をあげるジョアン。
──その時だった。
「……団長、なにやってんすか」
後方からの、冷たい声。
こちらに駆け付けた、救援部隊の騎士団員である。
ジョアンがニールに伝え忘れていたことはコレ……『最優先事項である指令の伝達はちゃんと行った』、ということ。
あれだけイチャイチャしてりゃ、そりゃ来る。
ご高覧ありがとうございます!
『ハードボイルド東方文学』は池波正太郎先生の『藤枝梅安』とかをイメージして頂ければと思います。
あんな言い回しの人が出てたとかでなく、あくまでもイメージです(笑)




