⑥
ゆらり、とまるで幽鬼のように立っていたのは、つい先程思い出していた女。
ジョアン・シールズ。
それは何事もなく無事に研究棟を出て、任務を果たしここに戻ってきたにしては、あまりにも早過ぎる再会だった。
「ジョア──……!!」
虚を突かれたニールに襲いかかったのは、キメラ魔獣の本体から切り離され飛ばされた、鋭く研ぎ澄まされた鹿の角。
餌として狙われているのはなにも、彼の香に釣られて誘き出された魔獣だけではない。
素早く攻撃をいなすが、それはフェイク……即座に本体による二撃目が飛んできていた。
「クッ!」
「らぁあぁぁぁぁぁぁ!!」
ある程度の負傷を覚悟しながら、それでも咄嗟に防御体勢を取るニールの耳に響く、ジョアンの雄叫び──直後、
「!」
パンッとなにかが砕ける音と共に、目の前に発される熱と光。炎。
まるでそれは仕掛け花火が如く、纏った炎を小さくしながら、スライムの一部と共に縮むように後退していく。
「ジョアン・シールズ、只今推参!!」
わざわざ名乗りを上げてから、ジョアンはほんの数秒ポーズを取ったかのように眉間に指を当て目を閉じると、カッと目を見開いた。
「そいやー!!」
──瞬間。
閉め切られた研究棟。
その真っ直ぐで薄暗い廊下を、急にいくつものオレンジが照らす。
明かりが灯されたかのように見えたそれは、直ぐに消えた。局所で上がる、小さな断末魔と共に。
(『索敵&殲滅』……!)
それは読んで字の如く、『一定範囲の索敵をし的として確定、一気に殲滅する』という、魔法を複数使用した技。
技名に若干の厨二臭さを感じるが、これが正式名称であり非常に高度な技である。
実際、集中力を要するため、ジョアンの場合は静止し瞑目する必要があった……カッコつけたかった気持ちもないではないが。
兎にも角にもおそらくこれで今、このフロアに鼠型魔獣はいない。その死骸も。
ニールは視線だけでなく今度は身を翻すように、再び彼を襲う鹿の角を叩きつけながら、全身でジョアンの方へ向かう。
「助かった」
「フッ、汚ぇ花火で恐縮ですがね」
礼の言葉に返ってきたのは、酔った時の彼女が度々繰り出すらしい、『なんかカッコイイ科白』。
一拍置いて「ふふ」と笑いを零し、ニールは現状をザッと説明した。
「──成程」
カッコつけたままそう言うも、ジョアンは内心で安堵していた。
勢いあまって強化をかけていたら大変なことになっていたので。
まあどう考えても、あんな場面でイケメンが死亡フラグみたいな科白をキメるのが悪い、とは思う。
如何せん、面がいい……『フラグっぽさ』の説得力があり過ぎだ。
少しずつ近付いているものの、どうやらキメラ魔獣は違う作業に没頭しだしたらしく、まだ奥で蠢いている。先程よりも、激しく。
おそらくはスライムを主とするキメラ魔獣から、摂取したモノとの統合による進化。
「果たして鬼が出るか蛇が出るか。 気にならないワケじゃないんだがね」
少し残念そうな言葉が腹立たしく「冗談!」と息巻く。
「言っときますけど私、こういう場は初めてなんですからね?!」
「すまない」
「……ッ!」
謝罪と共に腕を取り、引き寄せて優しく抱きしめる。その予想外の行動に、ジョアンの心臓は大きく跳ねた。
「来てくれて助かった」
すぐに身体を離し、そう微笑むニール。
動揺を隠すようにジョアンは「フン」と強く鼻を鳴らして顔を逸らした。
「では、改変魔法で?」
「ああ……ただ出力に不安がある」
「補助に。 周囲に結界を」
「大丈夫なのか」
「──」
心配する言葉に返すのは、不敵な笑み。
「誰にもの言ってんです? 言ったでしょう……唯一、魔力量だけは評価されてるんです」
ニールもそれに笑った。
しているつもりはないのだろうが、それが唯一と思うなら、謙遜もいいところだ。
初めての戦いの場で、これだけ端的に話が通る相手など滅多にいないのだから。
「よし、用意は?」
「いつでも。 そちらは?」
「こちらも」
「では──開始します」
ふたりはそれぞれ体勢を整え、未だ激しく蠢くばかりの魔獣に向かう。
「対象のステータスを補足、属性の解析終了。 変更の術式を構築……いきますよ!」
「ああ!!」
計画はこうだ。
ジョアンが展開、付与した改変魔法によりニールの剣気の属性を魔力へと変化させ、物理的被害を最小限に抑えながら戦う。
ただし、逆にその分増えた魔力的干渉に結界が耐えられなくなる危険を回避すべく、ジョアンが部分的結界の強化、或いは修復を都度行う──というもの。
「エンチャント、『オルター』!」
それを合図とし、駆け出すふたり。
さながら弾丸のようなスピードで素早く一撃を食らわすニール。その攻撃を奇跡的にも躱す、魔獣の熊のような肉体。
だがその奇跡も、所詮は大振りの初手による致命傷の回避に過ぎない。真っ二つにこそなっていないものの、中央からぱっくりと裂けている。
裂け目からしゅるしゅると伸びては縮む、数百匹のミミズのようなもの。
「ほう……筋肉を創り出したか」
片側を歪めた笑みで『面白い』とでも言うようにそう呟いてはいるが、ニールの目は決して笑ってはいない。
一方、遅れて駆けたジョアンはそれどころではなかった。
(もおぉぉおぉぉぉぉ!!『 こういう場は初めて』って言ったじゃんかよぉぉっ!!)
確かに生意気にも『誰にもの言ってんです?』などと大口を叩いたけれど、もう少し出力に気を使ってほしい。
『大丈夫なのか』とか聞いといて、流石にこれはない。
(どこが『氷の貴公子』だよ! 誰だ言ったヤツぁ、許さん!!)
ジョアンは早々に結界を修復しながら、この行きどころのない怒りを、ニールにふたつ名をつけたヤツに怨念としてぶつけていた。
なにしろ『氷』はまだしも『貴公子』などどこにもいない。
まだ『氷の鬼士団長』のがピッタリくる。
「ジョアン!」
「……なんすか!」
そんな『氷の鬼士団長』ことニール・ロス騎士団長(28)が次に発する言葉は、ジョアンに『やっぱりこのふたつ名が正解』と確信をさせることになる。
「悪いが少し時間を掛ける理由ができた。 君は……どれだけ耐えられる?」
ご高覧ありがとうございます!
一度使って見たかった『汚ぇ花火』が入れられて満足です!




