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「なかなかの結界だが、この先に温存しなくて大丈夫か?」
「この程度でしたら余裕のヨッちゃんでさぁ!(※ヤケ気味)」
「そりゃ頼もしいなぁ! せいっ!!」
一斉に飛びかかってきた複数体の魔獣をご機嫌の一振で一網打尽にするニールに、ジョアンは思わず「ウワァ……」と声を上げる。
鮮やかさに見惚れたのではない。
ドン引きしたのである。
(笑顔でグチャドスーとか、ヤッバいわぁ~この人……)
道理で若くしてお偉いのイケメンなのに、未だ独身なワケだ……自らを棚に上げ、ジョアンは納得した。
「うん、本当に素晴らしいよ」
今、ピッタリ誂えた鎧のように自身の動きに対応する小さな結界を感じ、ニールは口元が緩むのを堪えられずにいた。
「ふふふ……コネ以外で唯一、魔力量だけは評価されてますからね……」
「いや、操作もなかなかのモノだ」
あの夜も物理で戦っているのように見せつつ、全身から部分と魔法での肉体強化を無駄なく器用に行っていた。
魔力量を感知されないようにだろう。
(成程? 全く以て面白い……)
表向きはそこそこ平和な世の中だ。
貴族に生まれ育ち魔力量が多いなら、より多く見せてこそ。
ジョアンは真逆だ。
元々シールズ家は代々魔力量の多さで知られている。
ジョアンとは面識がなかったニールも、彼女の父や兄姉……特に自分と同い歳の姉はそれなりに知っている。彼女は優秀で華やかで、学園でも目立つ存在だった。
然程歳の離れていない同性のジョアンが、比べられていない筈はない。
特に虐げられたとかではなさそうだが、おそらくジョアンはシールズ伯爵家や生徒として通っていた頃の学園で、能力を過小評価されていたのではないだろうか。
(姉が華やかなことも彼女にとっては引け目に感じるところだったのかもしれんな)
しかし、それがなんだと言うのか。
派手で目立とうとするなら化粧や服で誰でもそれなりにできるのだ。
地味にし気配を消すのは、誰にでもできることではないというのに。
(飾るだけの皿など、所詮美術品だ)
いくら価値が高くとも、そこに皿としての価値はない──それと同義。ニールが求めているのは『権威のためのお飾り』ではなく『使える者』なのだ。
その点、ジョアンときたら『素晴らしい』の一言につきる。
「……どうやら伯爵家の皆様は君の価値を見誤ったようだ」
「えっ? なんですか?!」
「ふふっ、なんでもないさ」
(私にとっては実に都合がいい)
豊富な魔力量に加え、地味な容貌と繊細な魔力操作能力……まさに隠密にうってつけ。
ジョアンは悪い顔でニヤニヤしているイケメンを見て『やはりヤバい人だ』という認識を強めていた。
(なんか褒められたような気もするけど、反応しないようにしよう……)
生憎イケメンの褒め言葉に靡くほどチョロくはないのだ。
酒には靡くにしても。(※チョロい)
「──来るぞ! デカいヤツだ!」
「ほいさ!」
大量の鼠型魔獣に加え、時折出てくる別の巨大化した魔獣が次々とふたりに襲い掛かる。
それもその筈、ジョアンには言っていないがニールは魔獣を誘き寄せる香を纏っている……実のところふたりは『討伐班』であり同時に救出のための『囮』でもあった。
「てやっ!」
「──こちら討伐班!」
そうこうしているうちに、否が応でもジョアンも戦いの場に慣れていった。
魔道具の小型通信機でニールが救出班からの報告を受けている際、出てきた鼠型魔獣に魔法で応戦するくらいには。
「……そうか、わかった」
「どうしました?」
「救出は成功、全員無事だ」
「そうですか!」
残された者達が早い段階で一箇所に避難していたのも功を奏し、バルコニーから救出にあたった黒狼騎士団の指示により全員無事に保護し、退却を終えたらしい。
「助かったよ。 やはりなかなかやる」
「……いや……これくらいはぁ」
褒められ慣れていなさそうなジョアンは、不本意さを顕にしつつも少し嬉しそうで、ニールはなんだか微笑ましくなる。
──だが、
「うわっ?!」
「ギャギャッ!!」
その隙にも足元に一匹。
すかさず蹴り飛ばす……が、おかしい。
「つーか、多くないですか?」
「今私もそれを考えていた」
ジョアンの言う通り、数が多すぎるのだ。
「……死骸を見るに、巨大化していないのもいるようだ」
「それは、薬の効果が別に?」
「ああ」
どうやら逃げ出した鼠型魔獣の一部は、巨大化しない代わりに恐るべき速さで繁殖、成長しているようだった。
「……マズイな」
迅速な警備強化指示が必要だ。
一匹も逃がしてはならない。
ニールは本部に連絡をするため、ポケットにしまったばかりの小型通信機を再び取り出した。
「こちら討伐班! 緊急指令──あっ?!」
「ひゃあ?!」
突如ふたりの元に飛んできたのは、大量のフラスコや試験管などの備品。
ニールの放った一閃の衝撃波によりすんでのところで負傷は免れたものの、事態は思っていたよりも深刻なようだ。
「ヤツら……学習している」
結界のせいで自分達の攻撃は効かないと判断したらしく、別の物を使用した物理攻撃に切り替えてきたのだ。
(これがもし危険薬品だったら)
粉々になった備品を見て、ジョアンはゾッとした。
「け結界を解除っ、肉体強化に切り替えます!」
「頼む……と言いたいところだが、今ので通信機がやられた」
「えっ?! では、一時撤退を?」
「いや。 無理だな……本星のお出ましだ」
「!」
ジョアンはバッと振り返り、ニールの視線の先を見る。
ひた……
封鎖された研究棟の薄暗い廊下。
まるで影に黒く染まった奥の空間そのものが蠢くように、どす黒い瘴気を漂わせて近付いてくるナニカ。
闇のようなそれが、朧気ながらも徐々に姿を晒していく。
「……ッ!!」
それは巨大な、色々な生物が混ざったキメラ魔獣──その全体像を視認したジョアンは、あまりの悍ましさに悲鳴すら出せず、ただヒュッと息を飲む。
「君は一旦退避し封鎖区間の領域拡張・結界強化指示を。 最優先事項だ」
「で、ですが……!」
「これを」
「!」
視線はずっと魔獣に向けたまま。
そう言ってニールは、素早くポケットに入れていた酒の小瓶をジョアンに渡し、口元だけで笑みを浮かべ剣を握り直す。
「所詮は気休めだが、だからこそ飲んだらいい──ジョアン・シールズ、素面でも君ならできる。 頼んだ」




