③
「うう、最悪……」
イケメンにタダ酒という天国からの、地獄である。
やはりイケメンの厚意など信じてはいけない、とジョアンは学んだ。今更だが。
「ふふ。 昔から『タダより高いモンはない』と言うだろう?」
そう言いながらニールは昨夜のジョアンを思い出す。
『い、いや……それは申し訳ゲフンゲフン……お気の毒だ』
『でしょお?! まあそのお陰でこうしてタダ酒にありつけたんだもの、人生悪いことばかりじゃないわねフフ、フフフ』
目の前の酒を眺め、大事に飲んではくふくふと笑い出すジョアン。
その印象は先日の帰りに妙な口調でカッコつけ、去って行った時と同じ。
しかし今の彼女はというと。
一応『案内役』という名目なのだが、ニールに腕を取られ、歩いてはいるがはたから見たら引き摺られているようなもの。
その様は明らかに嫌々で、涙目。
「もうっ、なんなんですかぁ……?!」
か細い声で抗議する彼女の印象は、ニールの知る彼女とはまるで違う。
だが所詮は同一人物。
それにジョアンが昨夜のことをバッチリ覚えているのは、先程ジェスチャーで確認できた。
「私は君の実力が見たい。 あの時の夜のような……!」
「や、やめてくださいよぉ!」
悲鳴のようにジョアンは言う。
事実、それは悲鳴であった。
「なにを期待しているんです?! か……か弱き貴族令嬢である、この私に!」
「ふふふ、今更そんな嘘など」
「一応はそうなので、嘘は言ってませんよ! そ、そりゃぁ多少トウは立っているかもですが!」
「うん、そこじゃないよね?」
勿論ニールの指摘は『令嬢』部分ではなく、『か弱き』の部分である。
しかし、それにだって言い分がある。
「──はっ?! さささ、さてはアナタ……『酔うと出るのが本性』とか思ってる人ですね?! そいつァあんまりにも酔っ払いへの解像度が足りませんよ!」
酔うと記憶を一部飛ばしたりするジョアンだが、概ねは覚えているのだ。
当然ながら、自分がどのように変化したかもわかっている。
「現実の私は陰気で、生徒には舐められ上司同僚には馬鹿にされ、カッコイイ独身女性には程遠いばかりか30になっても40になってもンなもんになれる気などしない、ただのコミュ障ですからね?!」
あんなに陽気で強気で無敵なのが自分の本性だと言うのならば、現実でこんなに苦労しているワケがない。
あれはあくまでも酒の効果に過ぎないのだ。
「素面の私は輩三人どころか一人にだって逆らえませんよ……っ! それが対魔獣、しかも巨大化・凶暴化したヤツなんて、怖いに決まっているじゃないですか!」
「……」
先程より張った声でそう訴えるジョアンをじっと見詰め、ニールは腕を緩める。
「……そうか、残念だ」
「へっ?」
「私は紳士とは言えないが、嫌がる女性に無理強いするほど粗暴でもないのでね」
意外なほどにアッサリと、彼は引いた。
「魔法学教諭シールズ先生。 私の少し後ろで強化を……それくらいならできるな?」
「え、ええ……」
ジョアンに笑いかけるニールの口調は軽く、声色からは怒りや呆れは伝わってこない。
ジョアンは困惑した。
「まあ気が向いたら参戦してくれ給え」
薄暗い研究棟の廊下を歩きながら、彼は淡々とそう言って剣を抜く。
「!」
ぶわり。
全身で感じる大気中の魔素の感覚の変化に、封鎖した区間に入ったのを理解したジョアンは、恐怖と緊張から嚥下した。
「ヒッ?!」
──ザッ! ザシュッ!!
一瞬にしてニールが斬り捨てた、飛び出してきたそれは、猫くらいの大きさの魔獣。
大きさが猫くらい……とは言え死骸を見るに、元は鼠だったと思われるもの。
ジョアンも見たことはあるが、本来は大きな成体でも精々その半分くらいだった筈。
『巨大化』を目の当たりにし、身を固くするジョアンにニールは笑う。
「そう固くなるな。 救助は別部隊だし、君はあくまでも私の補佐だ」
「ふぐ……そもそも『案内役』じゃなかったんですか……」
「フッ、いいね。 話しながら行こうじゃないか。 言ったろ? 『話を聞く』と」
「──ひゃぁ!?」
「おっと」
そうこうしているうちにも同じような魔獣。
給金が日々の支えなだけに、与えられた仕事は一応熟すと決めているジョアンは慌てて結界を張る。
「文句ですけどォ?!」
「愚痴でも文句でも大歓迎だ」
「酔狂!」
「ははっ、『酔って狂う』のは君の方だろ?」
「ぐぬぬ」
(まあ、あくまでもアレが『酒の効果に過ぎない』と言うのなら……だがな)
──酔っ払いの解像度云々は兎も角として。
ジョアンに関して言うならどちらも根本は同じだ、とニールは思っている。
『転職しないのかって……冗談でしょ? 軽々しく言わないで頂戴! どこの世界に不器用な陰キャのコミュ障の地味な嫁き遅れ女をあれだけの金額で雇ってくれるところがあるってぇのよ!』
『卑下が凄いなぁ』
『卑下じゃなくてよ!? 自慢じゃないけど今の仕事だってコネなんだから! あ~あ、さっさとお金を貯めて田舎に引き篭って暮らしたいわぁ。 でも引っ越した田舎でだって当然のように《ご結婚は?》等と聞かれ卑屈な笑いで曖昧に誤魔化して《しまった》と感じた相手の大いなる誤解によりいつのまにか《未亡人》という話になるもそれを《ラッキー!》とか思って乗っかってしまうのが、私……そう、それが私なのよ!』
彼女は然程の酔いでなくとも陽気で強気になり、それでいて卑屈な発言をすることは昨夜わかっているのだ。
逆に素面だが、開き直った今はニール相手に文句や愚痴を言えている。
(なら、最早大差ない)
実際、印象はここにきて大分合致してきている。
先程の魔獣への反応も、結界の判断も早い。
ジョアンは彼女自身が思うよりも有能だ。
そもそも今回は単なる偶然。
急いては事を仕損じる……ジョアンのポテンシャルに期待し、一先ずはそれを推し測りながら仲良くなるのがベター。
若くして騎士団長になっただけあり、ニールにはそのへんの腹黒さも備わっていた。




