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シールズ伯爵家が娘ジョアン──
彼女は特に結婚にご縁もないまま、真面目さと血筋による魔力量と実家の厳しい教育が功を奏し、概ねコネで王立学園の魔法学教諭として働き、なんとか生計を立てていている一教員(25)である。(※二度目)
そんなしがない一教員。
立場が弱く気も弱く、学園では上司・同僚・生徒にまで満遍なく舐められまくっていた彼女は、非常にストレスが多かった。
残業により仕事が終わったのは21:00過ぎ。
勿論もっと過酷な職場はあるだろうが、定時は17:00で、やっていたのは押し付けられた他人の仕事。
しかもサービス残業……『飲まなきゃやってられん!』と思うのも無理はない。
「仕方ないわよねぇ~、酒ぐらいしか趣味も癒しもないんだもの……それに明日は休みだしぃ……」
カウンターの片隅で、ひとりごちる。
しかしその表情は喜びに満ちていた。
覚えていないがこの間助けた女の子はこの店の看板娘だったらしく、『お礼』と称して豪勢なツマミといい酒がボトルで出てきたのだ。
実際は前回渡した金貨の釣り分に相当する分の酒+ツマミなので、別に得はしていないのだが、荒んだ心は十二分に癒され腹も満たされた。
その気遣い、プライスレス。
いい酒は特別な時にとっておくことにし、元々キープしていたボトルの酒を手酌で楽しんでいると、無粋にも隣に座ってきた男が声を掛けてきた。
「なんだか大変そうだなぁ、お嬢さん」
「あらイケメン。 だが顔になど騙されぬ……! 私には、巻き上げる金などなくてよ!」
シッシと追い払う仕草を見せるジョアンを無視し、男(※イケメン)は「まあまあ」と笑う。
「生憎、金には苦労してなくてね。 マスター、苦労人のお嬢さんに一杯」
「まあ! アナタイケメン、トテモステキ!」
「何故カタコト……」
イケメンには目が眩まないジョアンだが、タダ酒は別だ。イケメンに酔うより酒に酔いたいのだから。
「現金だなぁ」と呆れながらも、そんなジョアンの様子をニコニコと眺めながら彼は言う。
「良かったら話を聞くよ? 愚痴は吐き出した方がいい」
「別に取り立てて面白くもないわよ? それともアナタ、他人の愚痴が肴になるタイプ?」
「君のことが知りたいんだ」
「あら……声を掛けたら皆が靡きそうなイケメンが、こんな地味女のなにをお知りになりたいと?」
「そんなつれないこと言うなよ」
「フッ……まあよろしくてよ」
イケメンに口説かれることなど、経験上詐欺話が関の山であったジョアンだが。
ぶっちゃけ聞いてくれるなら、顔など関係なく愚痴くらい言いたい──既にホロ酔いのジョアンは、学園職員であることを隠し部分的にぼかしながら、問題のないことのみを聞いて貰うことにした。
「ストレス度合いは日によるけれど、今日は最悪だったのよねぇ……」
なにしろ学園長に呼び出されたことがすぐ噂になっており、しかも今をときめくロス騎士団長が探しているらしい、とのことで尾鰭がつけまくられていたのだ。
なにをどうしてそうなったのか、ロス騎士団長と結婚することにまでなっている。
当然否定したものの、生徒達には『ようやくですか~』とからかわれ、上司には『嫁ぐなら頼むわー』と仕事を押し付けられ、同僚(※歳下)には嫉妬からかそれを邪魔された。
事実無根だというのに。
『なんなら顔も知らんわ!』というのを腐っても貴族令嬢なりの慎ましやかな言葉で訴えるも誰も信じてはくれず、あまつさえ同僚はそれを煽りと受け取る始末。
「流石は今をときめくお方だけある──私もこの時ばかりは己の情弱さを嘆いたわ~……ってあら、どうかなさって?」
「い、いや……それは申し訳ゲフンゲフン……お気の毒だ」
(私服だとか酔ってるからではなく、そもそも私の顔を知らないのか……そりゃあ動じない筈だ)
──賢明な読者様は既にお気付きと思うが、このイケメンはニール・ロス騎士団長である。
先日、三人の屈強な輩を尽く薙ぎ倒したフードの女──その攻撃は非常に華麗且つ繊細で。
また驚くべきことに、あれほどの大立ち回りだというのにも関わらず、極力店内が荒れないように気を使っている様子が窺えた。
男達を床や壁などの何もない位置へ誘導しては、次々と転がしていく様は、最早一種のエンターテインメントとすら。
(ほ、欲しい……! 私の部下に!!)
すっかり心奪われてしまったニールは、部下を使って彼女を探し出した。
騎士団でスカウト行為は基本認められていないので、実のところこれは明らかな職権乱用である。
だが、それを咎める者はいない。
皆に舐められ服務規定違反にビビりまくるへっぽこ教員ジョアンと違って、彼は信頼と信用の塊なので。
ついでにニールも、もう28。
上司からは『さっさと結婚しろ』とも言われており、部下もモテるのに浮いた話のない上官が、珍しく気に掛ける女性に興味津々。
幸いにして、女の身元はすぐに判明したのだが。
「これは……事実か?」
調べさせた、ジョアン・シールズの評価を含めた報告書類に目を通したニールは、思わずそう尋ねた。
要約すると『陰気でうだつの上がらない嫁き遅れの地味教諭』……あまりにもショボ過ぎて、あの夜の女性と一致しなかったからである。
「はい、間違いなく」
「ふむ……」
(とりあえず一度、会ってみるか……)
そう思ったニールが、会うのに丁度いい理由としてあの夜のことを持ち出し、学園に持って行ったところ『別人では』と言われ──納得できないまま自ら会うために足を運んだ結果が、今であった。
★★★
そんな夜が明け、翌日。
(あーダッル……)
『明日は休みだー! しかもタダ酒!!』と思ってしこたま飲んだジョアンだが。
残念なことに『緊急招集』で呼び出され、学園に向かう羽目に陥っていた。
(しかしなんか物々しいわねぇ)
警備兵が矢鱈と多く、学園の門は固く閉じられている。
ジョアンは職員証明を見せて、非常用の小さな扉から入った。
「どうしたんですかー」
やる気なく顔を出したジョアンを待っていたのは、青ざめた顔の教員達……いずれも役職の。
なんでも研究棟で飼育していた新薬開発の実験魔獣が逃げ出し、薬の影響から大型化・凶暴化して手が付けられないそう。
「急遽研究棟は封鎖したんだが、泊まりがけで研究を行っていた研究者と勉強がてらアシスタントをしていた一部生徒が今も……」
「そ、それは大変……です、が……?」
なんで自分が呼ばれたか不明過ぎる。
事務処理の手伝い要員にしても、もっと適任者がいる。ジョアンはお世辞にも仕事ができる方ではないので。
それだけに、正直あまりいい予感はしない。
「シールズ先生、ちょっと」
「は、はいっ!?」
副学園長に呼び出され、向かった学園長室。
「やあ」
「ッ!?」
待っていたのはなんと昨日のイケメンこと、黒狼騎士団長ニール・ロスであった。
学園長曰く──
「残された者達の救出および魔獣殲滅に、黒狼騎士団が駆け付けてくれたのだが……ロス騎士団長が(何故か)君を案内役に指名してね……」
──とのこと。
ジョアンは非常に不本意ながらも、それを受けないワケにはいかなかった。
そこに教員として学園の有事を見過ごせないだとか、そんな殊勝な気持ちはない。
学園長達にわからないように、ニールは目配せとジェスチャーで『(服務規定違反を)バラすぞ』と脅してきたのだ。
大変いい笑顔で。




