①
「やめてください!」
「ちょっとくらいいいじゃねぇか」
「そうそう、座って一緒にお話ししようって言ってるだけじゃん」
「はっ、放して……ッ!!」
(……面倒なことになったな)
黒狼騎士団長ニール・ロスはその光景に眉を顰めつつも、動くことはできずにいた。
変装し一般客を装ってはいるが、現在彼は任務中──この酒場の上の宿屋に他国の間者が潜んでいるのだ。
掴んだ情報では繋がりのある侯爵家のメイドが娼婦に扮してやってくる予定であり、ニールは張り込みをしている最中である。
夜の酒場に多少の騒ぎなどよくあること。
だが、大事になり警邏を呼ばれてはマズい。メイドが日を改める可能性が高まる。
かといって止めに入り、目立って身バレしては元も子もない。
店員に絡んでいる三人組の輩。
王都ではあまり見掛けないが彼等は冒険者らしく、皆揃ってガタイが良い。しかも三人組だ。
皆、止めに入るのを躊躇っている。
(やむを得ん……誰かを呼ぶか)
こちらの協力者である店主に視線を投げ、外で見張っている騎士のひとりを呼ばせて助け出そう──そう思った時だった。
──バンッ!
「「「「!」」」」
カウンターテーブルを叩きつける音に、ニールだけでなく店にいる者全員が息をのみ、そちらへ視線を向ける。
ゆらりと揺れるように立ち上がり、輩に近付いて行ったのはフードを目深に被った……女。
客のざわめきから拾うに、常連客らしい。
女はよろけたようにやや膝を曲げるも、それは輩の顔を下から舐めるように見るという挑発行為であった。
フードで顔は見えないが、それがわかったのは同時に発された「失せろ」という一言から。声は高いが、ドスは効いている。
「なんだテメェ……?!」
「この店はアンタらにゃ上等過ぎる」
その科白に
『なんかカッコイイ科白吐きだした……!』
『大丈夫なのか?!』
と客達もザワつく。勿論、ニールも。
(あの女、酔ってんのか……?!)
三人の中心らしき男が憤るのを宥めつつ、輩のひとりが席を立った。
「いいねぇオネェちゃん、じゃあ場所を変えてゆっくりしようじゃないの」
このままじゃ危険だ──そう感じたニールが立ち上がると同時に
「ほわたァッ!」
「ぶべらっ!?」
「「「「!」」」」
輩のひとりがふっとんだのだ。
女の拳によって。
★★★
「記憶にございません……」
──王立学園、学園長室にて。
突如窮地に立たされたジョアンは、汚職が発覚した政治家のような文言を口にするよりなかった。
だがこれは真実でもある。
この言葉を正確に直すなら『ところどころ記憶がない』なので。
先日飲みに行ったジョアンは、なんやかんやあって(※このへん記憶が胡乱)大立ち回りを行ってしまった。
なんか女の子に感謝されて名前を聞かれ、気を良くして『名乗るほどのモンじゃぁござんせん、お嬢さんの素敵な笑顔が酒のなによりのツマミでさぁ』などとご機嫌に宣い、カッコつけて『釣りはいらねぇ』と金貨を置いて帰ったことはバッチリ覚えている。
翌日『ああっ! 調子に乗って無駄に散財してしまったわ!!』と死ぬほど後悔したので。
まあ、多分いいことをしたのだろう……とは。
とりあえず『支払いが足らなくて取り立てにきた』とかではない筈だ。
「だが、ロス騎士団長が君だと……」
「いえいえいえいえ滅相もないッ!!」
しかしジョアンは必死で否定した。
何故ならこれは明らかな服務規定違反。
貴族の多い王立学園の職員は、情報漏洩を防ぐため自宅を含む所定の場所以外での飲酒は許可が必要なのだが、無許可だったのだ。
シールズ伯爵家が娘ジョアン──
彼女は特に結婚にご縁もないまま、真面目さと血筋による魔力量と実家の厳しい教育が功を奏し、概ねコネで王立学園の魔法学教諭として働き、なんとか生計を立てていている一教員(25)である。
コネを捏ねくり回して得た職だけに、次の職を決められる気がしない。
譴責、減給ならまだしも、解雇だけは避けねばならない。絶対に。
実家に金はあるが、無職の出戻り小姑など歓迎される筈がない。ジョアン本人だって嫌だ。
かと言って、この国で25は既に嫁き遅れ……結婚相手のアテもない。それに、うだつは上がらないもののそれなりに自由を満喫しているだけに、今更変な相手を宛てがわれて結婚など真っ平御免である。
「第一ッ……そそそんな大それたこと私ができるとお思いですの?!」
故に、『しらばっくれて否定する』一択。
いいことだろうがなんだろうが、教員が酒飲んで暴れたとなれば解雇の危険度は高い。
死活問題だけにジョアンも必死だ。
「きっとどなたか別のかたとお間違えなのですわ……ほら! 私、どこにでもいる中肉中背の地味な色味の女ですもの!」
続けたコレにはなかなかの説得力があったらしく、学園長と副学園長は『そうかも?』と言うように顔を見合わせる。
なんせ素面時のジョアンは地味で目立たず、学園では真面目なだけが取り柄のショボ教員なのだ。
「ふむ……なにかの勘違いかもしれませんな……」
「先方にはそう言っておきましょう。 シールズ先生、お手数お掛けしましたね」
「い、いえ。 失礼致します」
よもやコンプレックスですらある『普遍的地味令嬢』たるこの容貌が、こんなところで役に立つとは思わなんだが『木を隠すには森』……『ジョアンを隠すには群衆』で事足りたらしい。
なんとなく納得してくれた様子。
嗚呼、普通って素晴らしい。
こうしてなんとか追及を逃れることに成功したジョアンだが──フト先の遣り取りの一部を思い出して首を傾げる。
(……『ロス騎士団長』?)
ニール・ロス騎士団長と言えば、長らく戦が行われていないために中年~初老の騎士団長ばかりの中、齢25(※当時)にしてあまりの強さに新たな騎士団長として抜擢された『氷の貴公子』というベタなふたつ名を持つ、クールなイケメン騎士団長(28)である。
なんでそんなお偉いの名前が出てきたのか。解せぬ。
(まあいいわ……それより暫く飲みに行くのを控えた方がいいわね……)
そう思っていたのだ。
確かに、この時は。
──しかし、その夜。
「っかー!! この一杯のために生きてるゥ~!」
ジョアンは行きつけの酒場にいた。
無論、無許可である。




