1-9:万花花園
その後、三階を一通り見て回ったあと、階段を下りて一階へ向かった。
一階へ降りた瞬間、今までとは少し場所の雰囲気が変わってるような感じがした。
「こちらは大広間でございます」
「広っ!?」
思わず声が響いた。
天井は二階分ほどの高さがあり、巨大なシャンデリアが吊り下がっている。
何百人入れるんだろう。
学校の体育館くらいありそうだ。
どうやら、二階や三階が生活や仕事の場所だとすれば、一階は外部の人を迎えるための場所らしい。
「この場所は、各国の使節や貴族の方々をお迎えする際に使用されます」
「王宮ってすごいなぁ……」
語彙力が死ぬ。
すごいしか出てこない。
その後も来客用の応接室や晩餐会が開かれる会場などを見て回り――。
気付けば私は少し疲れていた。
するとミゾレが察したように口を開く。
「少し休憩なさいますか?」
「お願いします……」
ドレスって思った以上に体力を使う。
慣れない靴も地味に大変だ。
「では、中庭へ参りましょう」
そして、少し歩いて案内された先は、一階中央に広がる大きな中庭だった。
そこには、色とりどりの花々が一面に咲き誇っていた。
様々な色の鮮やかな花弁が朝の陽光を受けて輝き、まるで庭全体が宝石箱をひっくり返したかのような光景を作り出している。
見たことのある花もあった。
薔薇によく似た深紅の花や、小さな白い花を無数に咲かせる可憐な花。
けれど、その一方で異世界らしい不思議な花々も混ざっていた。
淡く発光する青い花。
花弁がガラス細工のように透き通った花。
風もないのにゆっくりと揺れ続ける紫色の花。
どれも幻想的で、まるで物語の挿絵から飛び出してきたようだった。
花壇は丁寧に手入れされており、一本たりとも枯れた花は見当たらない。
季節ごとに計算されて植えられているのか、色彩の配置も美しく、赤から橙、黄色へと自然に繋がる花の列は、一枚の絵画を思わせた。
その間には白い石で作られた小道が幾筋も伸びている。
磨かれた石畳は陽の光を反射して淡く輝き、花壇の間を縫うように続いていた。
まるで王城の庭園というより、妖精たちが住む楽園に迷い込んでしまったかのような美しさだった。
「うわぁ……」
私は思わず感嘆の声を漏らした。
中央には白い噴水。
きらきらと輝く水滴が陽光を反射している。
「こちらは万華花園でございます」
「すごく綺麗……」
「お嬢様のお気に入りの場所でした」
「そうなんだ」
私は花々に目を奪われながら石畳の道を進んでいく。
すると――
「あれ?」
庭園の中央に、開けた空間が見えた。
花々に囲まれるようにして作られた円形の広場。
その中心には純白のテーブルと椅子が置かれている。
さらに上には白いパラソルが広がり、強い日差しを優しく遮っていた。
まるで絵本の中に出てくるお茶会の会場みたいだ。
「素敵……」
「こちらは、庭園でお茶を楽しむための休憩所でございます」
ミゾレが説明する。
「王族の方々が読書をされたり、来客をもてなしたりする際にも使用されております」
「なるほど。めちゃくちゃオシャレ」
私がそう言うと、ミゾレが小さく笑った。
「こちらで少し休憩なさいますか?」
「ぜひ!」
即答だった。
こんな場所があったら座りたくなるに決まっている。
私たちは広場へ向かう。
そこに設置されているテーブルや椅子もかなり高級そうだった。
白を基調とした優雅なデザインで、細かな装飾が施されている。
けれど華美すぎず、庭園の景色に自然と溶け込んでいた。
私は椅子へ腰を下ろした。
「わぁ……」
視界いっぱいに花畑が広がる。
どこを見ても花、花、花。
まるで花の海の中心に浮かぶ小さな島に座っているようだった。
「こちらでお待ちください」
ミゾレが一礼する。
「お茶の準備をしてまいります」
「え、わざわざ?」
「もちろんでございます」
そう言い残し、ミゾレは静かに去っていった。
私は一人、椅子にもたれながら庭園を見渡した。
青空の下で咲き誇る花々。
風が吹くたびに色とりどりの花弁がゆらりと揺れ、そのたびに甘く優しい香りが運ばれてくる。
どこからか小鳥のさえずりも聞こえていた。
忙しなく鳴くのではなく、まるで庭園の静けさを壊さないように歌っているかのような穏やかな声だ。
私はそっと目を閉じる。
頬を撫でる風が心地いい。
花の香りを胸いっぱいに吸い込むと、不思議と身体の力が抜けていく気がした。
昨日から、本当に色々なことがあった。
知らない世界で目を覚まして。
王女だと言われて。
豪華すぎる部屋や食事に驚いて。
分からないことだらけで、平気なふりをしていたけれど――。
気付かないうちに緊張していたのかもしれない。
けれど今は違う。
花々に囲まれ、この穏やかな景色を眺めているだけで、胸の奥に溜まっていた不安や疲れが少しずつ溶けていくようだった。
「……なんか」
ぽつりと呟く。
「ここなら何時間でもいられそう」
ふかふかの椅子に身体を預けながら空を見上げる。
雲ひとつない青空がどこまでも広がっていた。
その景色を眺めているだけで心が落ち着く。
何もしなくていい。
ただ風を感じて、花を眺めているだけでいい。
そんな贅沢な時間が、この場所には流れていた。
私は小さく息を吐く。
そして自然と笑みを浮かべた。
――ここに来てから初めて、心から「綺麗だな」と思えた気がした。




