1-10:ティータイム
しばらく景色を眺めていると、石畳を歩く規則正しい足音が聞こえてきた。
視線を向けると、ミゾレが銀のトレイを手にこちらへ戻ってくる。
「お待たせいたしました」
「早っ」
思わずそう言ってしまった。
けれど、トレイの上を見た瞬間、そんなことはどうでもよくなった。
「うわぁ……!」
白磁のティーセット。
透き通る琥珀色の紅茶。
そして宝石のように美しく並べられた菓子たち。
薄く焼き上げられた焼き菓子。
果物をふんだんに使った小さなタルト。
淡い色合いのマカロンのような菓子。
さらには花を模した繊細な砂糖菓子まで並んでいる。
「これ……お茶会というより貴族のパーティーじゃない?」
「お嬢様用でございますので」
「王女こわい」
毎回スケールがおかしい。
ミゾレは慣れた手つきで紅茶を注ぐ。
ふわりと上品な香りが漂った。
「どうぞ」
「いただきます」
私はまず焼き菓子を一口食べた。
「……っ!」
思わず目を見開く。
さくりと軽い食感。
口の中で広がる優しい甘さ。
バターの香りがふわりと抜けていく。
「おいしい……!」
続いて紅茶を飲む。
こちらも驚くほど飲みやすかった。
香り高いのに渋みが少なく、すっと喉を通っていく。
「なにこれ……」
「お気に召しましたか?」
「めちゃくちゃ最高っ!」
私は本気でそう答えた。
王宮の食事は何を食べても感動する。
異世界の……というより王宮の食文化のレベルが高すぎる。
しばらくお茶と菓子を楽しんでいたが、不意にあることが頭に浮かんだ。
「そういえば」
「はい」
「私のお母さんって、どんな人だったの?」
ミゾレの手がわずかに止まった。
けれどすぐに穏やかな表情へ戻る。
「王妃様、でございますか」
「うん」
ミゾレは少しだけ空を見上げた。
「王妃様は、お嬢様をお産みになられた後に亡くなられたそうです」
「……そうなんだ」
「はい。元々お身体がお弱かったそうです」
静かな声だった。
私は自然と背筋を伸ばす。
「私は、王妃様がお亡くなりになられた後に王宮へ仕え始めましたので、お会いしたことはございません」
「そっか……」
「ですが」
ミゾレは優しく微笑んだ。
「生前の王妃様は、まるで女神のようなお方だったと聞いております」
「女神のような人?」
「はい」
ミゾレは頷く。
「美しく、聡明で、誰に対してもお優しく、民からも深く敬愛されていたそうです」
「へぇ……」
少しだけ胸の奥が温かくなる。
王妃……リアの母親とは会ったこともないし、顔も知らない。
それでも、自分の母親がそんな人だったと言われると不思議な気持ちになる。
「お嬢様のお姿は王妃様によく似ておられるそうですよ」
「え?」
「陛下がおっしゃっておりました」
「……そうなんだ」
なんだか照れくさい。
けれど同時に、少しだけ切なかった。
会ってみたかったな。
そんな思いが胸をよぎる。
その後、しばらくお互い沈黙してしまい、静かな時間が流れた。
どこか空気がしんみりしてしまったのを感じた私は、慌てて別の話題を探した。
「あ、そうだ」
「はい?」
「この庭園って誰が手入れしてるの?」
ミゾレがぱちりと瞬きをする。
「こちらでございますか?」
「うん。広すぎるし、花も多いし」
私は周囲を見渡した。
「庭師さんが何十人もいるのかなって」
「いいえ」
ミゾレは首を横に振る。
「こちらの管理は全て私が行っております」
「……え?」
聞き間違いかと思った。
「全部?」
「はい」
「この庭園を?」
「はい」
「一人で?」
「正確には私の使い魔たちが行っております」
ミゾレは当然のように言った。
「私の魔法で生み出した使い魔たちが、日々の手入れを担当しております」
「使い魔!?」
私は思わず立ち上がりそうになった。
なにそれ!
めちゃくちゃファンタジーじゃん!
「そんなのいるの!?」
「はい、いますよ」
ミゾレが微笑みながら即答した。
「ねっ! ねっ! 使い魔見てみたい!」
「い……今ですか?」
「うんっ! 見たい!」
興奮気味にお願いしている私を見て、ミゾレは少しだけ笑う。
「では、後ほどお見せいたしますね」
「やったっ!」
使い魔、そして魔法!
急にテンションが上がってきた!
そういえば今まで生活に驚いてばかりで、肝心のファンタジー要素について全然聞いていなかったなぁ。
よしっ!
このタイミングで色々聞いてみよう!
「ミゾレっ!」
「はい」
「あと……魔法について教えてほしいっ!」
私は身を乗り出した。
「この世界の魔法ってどんな感じなの?」
ミゾレは少し驚いたように目を丸くした後、柔らかく微笑んだ。
「承知いたしました」
私は興奮した気持ちを少し落ち着かせるために、目の前の紅茶を一口飲んだ。
そして、ミゾレは静かに語り始めた――




