1-8:王宮探検
「それでは、城内をご案内いたします」
ミゾレが一礼する。
私は隣に並びながら歩き始めた。
「まず、この王宮は地上三階、地下二階からなる造りとなっております」
「へぇ」
この部屋の大きさから予想はしていたけど、王宮はやっぱり大きくて広いらしい。
「今いらっしゃる、このお嬢様のお部屋は二階にございます」
そういえば、初めて目覚めた時そんなことを言ってた気がする。
「そして、お部屋の隣が私の部屋でございます」
「近っ!」
思わず声が出た。
ほぼお隣さんじゃないか。
「何かございましたら、すぐに駆け付けられるようになっております」
「なるほど……この前、寝る時に隣に居るっていうのはそういう事だったのか……」
私の感覚だと、隣の部屋に専属メイドが住んでいる時点で既に別世界である。
いや、そもそもここ、異世界だから別世界なんだけども。
ミゾレは小さく微笑んだ。
「この階にはお手洗いや大浴場もございます」
「大浴場?」
「はい。王族専用のものでございます」
「王族専用……」
なんだろう。
言葉の一つ一つが庶民に重い。
その後も廊下を歩きながら説明を受ける。
長い赤絨毯。
高い天井。
等間隔に飾られた絵画や彫刻。
どこを見ても高級感しかない。
私が一生かけても住めなさそうな場所に、今の私は住んでいるらしい。
「続いて三階でございます」
大理石の階段を上りながらミゾレが説明する。
「こちらには陛下のお部屋をはじめ、執務室や会議室など、王家に関する重要な施設がございます」
「つまり、偉い人ゾーン?」
「その認識で問題ございません」
分かりやすい。
途中で巨大な扉が見えた。
扉だけで私の部屋の入口の三倍くらいある。
「うわ……」
「陛下の執務室でございます」
「入るだけで緊張しそう」
「実際、緊張される方がほとんどです」
だろうね!
私は心の中で全力で同意した。
そして、三階の廊下を歩いていると、不意に前方から数人の足音が聞こえてきた。
ミゾレがすっと姿勢を正す。
「お嬢様」
「え?」
顔を上げると、そこには王様の姿があった。
「あっ」
思わず声が漏れる。
王様は私を見るなり足を止めた。
その厳格そうな表情が、ほんの少しだけ和らぐ。
「リア」
「こ、こんにちは……」
慌てて頭を下げる。
すると王様は苦笑した。
「そんなに緊張しなくてよいぞ」
「いや、でも緊張しますよ……」
「そうか?」
たぶん本人は全く自覚がないのだろうが、王様は自身が思っている以上に威圧感が溢れ出ているんだよなぁ……
現に、周囲の護衛たちが微妙な顔をしている。
すると、急に王様が私の顔を優しく、じっと見つめて口を開いた。
「体調はどうだ?」
「え?」
「無理はしていないか」
予想外の言葉だった。
てっきり記憶のことや王女としてのことを聞かれると思っていた。
「大丈夫……だと思います」
「そうか」
王様は小さく頷く。
その表情には安堵が浮かんでいた。
「お前が目を覚ましてから、まだ日も浅い」
静かな声だった。
「無理に何かを思い出そうとしなくていい」
「……」
「王国のことも、勉強も、王女としての務めもだ」
王様は続ける。
「今は好きなように過ごしなさい」
「でも……それでいいんですか?」
思わず尋ねる。
私は王女だ。
本来なら色々やることがあるはずだ。
けれど王様は迷いなく答えた。
「構わん」
その声は優しかった。
「私にとっては、お前が元気でいてくれることが一番大事だからな」
「……っ」
胸が少し熱くなる。
私は本当のリアじゃない。
けれど、その言葉に込められた親心は伝わってきた。
王様は少しだけ笑う。
「それに、お前は昔から少々真面目すぎるところがあったからな」
「そうなんですか?」
「ああ。休めと言っても無理をする子だった」
懐かしむような口調だった。
「だから今くらいは、ゆっくりしている姿を見せてくれ」
その言葉は王命ではなく、父親の願いに聞こえた。
「……はい」
自然と頷いていた。
王様は満足そうに微笑む。
「今日は王宮の案内をしてもらっているのだったな」
「はい」
「なら楽しんでくるといい」
そう言って私の頭へ手を伸ばす。
一瞬だけ躊躇ったあと――ぽん、と軽く撫でた。
「っ!?」
完全に父親の仕草だった。
王様は少しだけ照れたように咳払いをする。
「では私は仕事に戻る」
そう言って歩き出す。
数歩進み、ふと思い出したように振り返った。
「リア」
「はい?」
「そのドレス、とても似合っているよ」
柔らかな笑み。
「誕生日に贈って正解だったな」
そう言い残して去っていく。
私はしばらくその場に立ち尽くした。
「……なんか普通にお父さんだった」
呆然と呟く。
隣でミゾレが微笑んだ。
「陛下は昔から、お嬢様には大変お優しい方でございます」
「そうなんだ……」
私は小さく呟くように答え、先ほどのやり取りを思い返した。
王様。
この国で一番偉い人。
本来なら近寄ることすら恐れ多い存在のはずだ。
なのに、あの人から感じたのは威圧感よりも心配だった。
娘の体調を気遣い、無理をするなと言い、誕生日に贈ったドレスが似合ってると嬉しそうに笑う。
まるで、本当に娘を大切に思う父親そのものだった。
胸の奥が少しだけ温かくなる。
記憶はない。
もちろん、親子として過ごした思い出もない。
それなのに。
あの優しい眼差しを思い出すと、不思議と安心する自分がいた。
「……悪くないかも」
誰にも聞こえないくらい小さな声で、私はそう呟いた。




