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1-7:着替え

 やがて朝食も終わり、テーブルの上が片付けられた頃。


 ミゾレはティーポットから紅茶を注ぎながら、静かに尋ねてきた。


「本日はどのようになさいますか?」


「どのように?」


「お身体の回復を優先されるのであれば休養も可能ですし、希望であれば医師の診察も受ける事が出来ます」


「ふむふむ」


 私は少し考えてから答えた。


「まずは、この王宮のこと知りたいかな」


「王宮のこと、でございますか?」


「うん。私、何も覚えてないし」


 実際その通りだ。


 地理も分からない。


 人も分からない。


 この世界の常識も分からない。


 今の私は異世界初心者である。


「だから案内してほしいな」


「承知いたしました」


 ミゾレは優雅に一礼した。


「では、本日は私がご案内いたします」


「ありがとうっ!」


 よし、まずは情報収集だ。


 ゲームでも最初はマップ開放からだからね。


「ですが、その前に」


「ん?」


 ミゾレがこちらを見て、少しだけ困ったように微笑む。


「お嬢様。そのお召し物のまま外へ出られるのは、少々……」


 言われて自分の姿を見下ろす。


 寝間着だった。


 しかも王女様仕様なのか、やたら高級そうなネグリジェである。


「あ……ですよね」


 どう考えても城内散策の格好ではなかった。


「お着替えはこちらでございます」


 ミゾレがそう言って案内したのは、部屋の奥にある大きな衣装スペースだった。


 正確には衣装スペースというより、私の部屋の一角である。


 けれど、その規模がおかしい。


「えっ……」


 私は思わず足を止めた。


 そこには、巨大なクローゼットが何台も並んでいた。


 一つ一つが普通の家の衣装棚より遥かに大きい。


 磨き上げられた白い木製の扉には繊細な装飾が施され、まるで高級家具店の展示品のような美しさだった。


 しかも、それが一台や二台ではない。


 左右の壁沿いにずらりと並び、奥まで続いている。


「……多くない?」


 思わず漏れた私の呟きに、ミゾレは首を傾げる。


「お嬢様のお召し物でございますので」


 いや、だからって多すぎるでしょ!?


 私は恐る恐る一番近くのクローゼットの扉へ手を伸ばした。


 そして開いた瞬間――


「うわぁ……」


 思わず感嘆の声が漏れた。


 中には色とりどりの豪華なドレスが隙間なく並び、その光景はまるで王宮専属の衣装店そのものだった。


 どれも見ただけで高級品だと分かる。


 いや、高級品どころじゃない。


 一本一本丁寧に縫い込まれた刺繍は芸術品のようで、胸元や袖口には小さな宝石が散りばめられているものばかりだ。


 しかもそれが一着や二着じゃない。


 何十着、いや、下手したら百着近くある。


 しかも全部一点物にしか見えない。


 前世でアイドルをやっていた時も衣装は沢山見てきたし、テレビ出演用の衣装も色々着てきた。


 でも、ここに並んでいるドレスは次元が違う。


 豪華とか綺麗とか、そういう言葉では足りない。


 そう、例えるなら宝物庫だ。


「本日はこちらなどいかがでしょう」


 ミゾレが一着を取り出した。


 白を基調としたドレスだった。


 柔らかな光沢を放つ生地は絹だろうか。


 胸元には金糸で蔦と花の模様が刺繍され、腰には淡い青色の宝石をあしらった細い装飾帯が巻かれている。


 幾重にも重なったスカートはふんわりと広がり、裾へ向かうにつれて銀色の刺繍が増えていく。


 まるで雪原に朝日が差し込んだ景色みたいだった。


「高そう……」


「はい」


「即答!?」


「王女殿下の正装ですので」


 ですよね!! 知ってた!!


 ミゾレは平然と次のドレスを見せる。


「こちらは王都最高級の仕立て職人が手掛けた物でございます」


 そう言って数ある衣装から次にミゾレが手にとったのは、薄い桜色のドレス。


 花びらを思わせる柔らかなデザインで、胸元には小粒の真珠が無数に縫い付けられている。


「これも高そう……」


「こちらは隣国の名工による作品でございます」


 次にミゾレが手にしたのは深い蒼色のドレス。


 夜空を閉じ込めたような色合いで、銀糸の刺繍が星座のように散りばめられていた。


「これも高そう……」


「お気に召しませんでしたか?」


「いや……そういうわけじゃないんだけど……」


「そうですね……。では、こちらはどうでしょう」


 そう言ってミゾレが他のに比べて少し小さめのクローゼットから取り出して静かに紹介したのは、一着の純白のドレスだった。


「こちらのドレスは陛下から十五歳のお誕生日にお嬢様へ贈られたものでございます」


「……わぁ……」


 思わず息を呑む。


 雪のように白い生地は、見る角度によって淡い虹色の輝きを帯びていた。


 何層にも重ねられたスカートはまるで雲を形にしたようにふんわりと広がり、その裾には銀糸による精緻な刺繍が施されている。


 刺繍の模様は王家の紋章を中心に、百合や星々を象った神聖な意匠。


 一針一針が職人の執念を感じさせるほど細かく、近くで見れば芸術品そのものだった。


 さらに目を奪われるのは無数の宝石だ。


 胸元には大粒の透明な魔晶石が埋め込まれ、その周囲を囲むように大小様々な宝石が散りばめられている。


 まるで夜空の星々を閉じ込めたような輝きだった。


 光を受けるたびに煌めきが波のように流れ、少し身体を動かすだけで幻想的な光彩が生まれる。


 だが派手なだけではない。


 その輝きには気品があった。


 見る者へ富を誇示するためではなく、この国で最も大切な存在へ贈られた証としての輝き。


 王女のためだけに作られた特別な一着。


 世界に同じものは存在しない。


 王国最高峰の職人たちが数年をかけて仕立てたとされる、まさに至宝だった。


「これ……今までの中で一番高いやつじゃん……」


「その通りでございます」


 でしょうね!!


 もう……全部高い。


 私の感覚だと、ここにあるのは服じゃない。


 これは資産だ。


 下手をすると家が建つ……いや、絶対建つ。


 純金の刺繍が施されたドレスや、宝石が縫い込まれたような豪華な礼装を見ながら、私は真顔になった。


 どれも一着で私の前世の年収を軽く超えていそうな気がする。


 怖い……服なのに怖い。


「……これ、もし着ている途中で破れたりしたらどうなるの?」


 私は恐る恐る尋ねた。


「例えば転んだとか、椅子に引っ掛けたとか。うっかり何かで裂いてしまったとか……」


 そんな一般人なら誰でも経験しそうな事故である。


 しかし目の前にあるドレスは、一般人の人生設計を破壊できそうな値段がしそうだった。


 ミゾレは少しだけ考える素振りを見せ、


「そうですね……」


 と静かに口を開く。


「新しい物を用意して、それを着ていただきます」


「修理じゃなくて?」


「修理も致しますが、その間に着る物が必要でございますので」


「なるほど……」


 なるほど……じゃない。


 何納得しているんだ、私っ!


 普通なら代わりの服を買うだけでも大事件だ。


 なのに、この人は『新しい物を用意する』と言った。


 まるで予備のハンカチでも出すみたいな口調で。


「ちなみに似たような物を新しく作る場合、おいくらくらいで……?」


「職人や素材によりますが、数百枚の金貨ほどでしょうか」


「聞かなきゃよかった……」


 私は即座に後悔した。


 正直、まだこの世界の金貨の価値は分からない。


 だが絶対に庶民が気軽に聞いていい数字じゃないことだけは分かる。


「王族こわい」


 本気で震えた。


 するとミゾレの口元がわずかに緩む。


 普段はあまり表情を崩さない彼女が、珍しく笑いを堪えている。


 どうやら私の反応が面白いらしい。


 何か解せぬ。


 その後も、私は半ば着せ替え人形のように扱われながら着替えを済ませ――。


 その日は結局、十五歳の誕生日に贈られたという最も特別なドレスを身にまとい、鏡に映る自分の姿に


「誰……このお姫様……」


 と本気で困惑しながら、王女リアとして初めての城内探検へ向かうのだった。

 

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