6:朝食
――夢を見た。
真っ白な世界だった。
どこまでも果てしなく続く光の中に、私は一人立っている。
「……ここ、どこ?」
声を出しても反響しない。
ただ静寂だけが広がっていた。
すると、少し離れた場所に人影が現れた。
長い金髪。
透き通るような白い肌。
青い瞳。
それは鏡を見ているようだった。
「……リア?」
思わずそう呟く。
少女は何も答えない。
けれど確かに、こちらを見ていた。
そして――。
何かを伝えようとするように唇を動かす。
『――――』
「え?」
聞こえない。
少女は必死そうに何かを言っている。
『――……』
私は慌てて近づこうとした。
けれど足が動かない。
まるで地面に縫い付けられたみたいに。
少女は悲しそうに目を伏せた。
その瞬間、白い光が弾けた。
今のは何だったんだろう。
本物のリア? それともただの夢?
分からない。
だけど……何かを伝えたがっていた気がした。
そんな気がしてならなかった。
◇◇◇
「……うーん……」
ゆっくりと眼を開け、ぼんやりした頭で天井を見上げる。
すると、何故か視界のど真ん中に黒髪美人の顔があった。
「おはようございます、お嬢様」
「ふぎゃっ!?」
びっくぅぅぅ!?
私は反射的にベッドの上で飛び跳ねた。
近い近い近い近い!!
距離おかしい!!
あと顔が良い!!
「み、ミゾレ!?」
「はい」
「なんでそんな近いの!?」
「お嬢様がなかなか起きてくださいませんでしたので」
平然としてる! この人平然としてるよ!
私、今、心臓止まりそうになったんだけど!?
至近距離で見るミゾレは、やはり息を呑むほど美しかった。
長い睫毛。
透き通るように整った顔立ち。
絹糸のようになめらかな黒髪。
思わず見惚れてしまうほどの美貌が、今は目と鼻の先にある。
朝からこんな光景を至近距離で見せられては、心臓に悪いにも程があった。
「お、おはよう……」
「はい。おはようございます」
ミゾレは柔らかく微笑んだ。
その笑顔だけで朝日より眩しい。
なんなのこの人……反則でしょ。
「朝食の準備が出来ています。いかがなさいましょう?」
そういえば私、目覚めてから何も口にしてなかった。
さすがにお腹空いたなぁ。
「じゃ……いただこうかな」
「かしこまりました。では、準備致しますね」
ミゾレは優雅に一礼すると、静かに部屋を後にした。
そして――数十分後。
コンコン、と扉がノックされる。
「お食事をお持ちいたしました」
「どうぞー」
私が返事をすると、扉が開いた。
先頭を歩くミゾレの後ろから、数人の使用人たちが次々と部屋へ入ってくる。
全員が銀色のワゴンや大きなトレイを抱えていた。
使用人たちは慣れた様子で手際よく配膳を進め、数分後には部屋の中央にある大きなテーブルが完全に料理で覆われていた。
「えっ……」
私は並べられた料理をみて、思わず絶句してしまった。
焼きたてのパン。
色鮮やかな果物。
香り高いスープ。
ふわふわのオムレツ。
見るからに高級そうなハムやソーセージ。
まるで王宮の晩餐会だ。
いや、ここ王宮だったわ……。
そして、テーブルの上に並べられていた食器を見た瞬間、私は思わず息を呑んだ。
――なにこれ、絶対高いやつだ。
白磁の皿は雪よりもなお白く、表面には淡い金の装飾が繊細な蔦模様となって縁を彩っている。
それらは光を受けるたびに上品な輝きを放ち、まるで芸術品そのものだった。
ティーカップは薄く透き通るような磁器で作られており、恐る恐る持ち上げれば壊れてしまいそうなほど繊細だ。
取っ手には職人が一本一本手作業で描いたのだろう美しい金彩が施され、側面には小さな青い花々が咲き誇っている。
銀製のナイフやフォークも尋常ではない。
鏡のように磨き上げられた表面には自分の顔が映り込みそうで、柄の部分には王家の紋章らしき意匠が精巧に刻まれていた。
「なにこれ……高級ホテルの最上級プラン……?」
「本日の朝食でございます」
「これが朝食!?」
王宮の朝食すごい!
いやっ……王女だから当たり前なんだろうけど!
「どうぞ、お掛けくださいませ」
「あ、うん」
ミゾレに促され、私は恐る恐る椅子へ腰を下ろした。
椅子まで豪華だった。
ふかふかで座り心地が良すぎる。
なんだこれ。
王族専用ソファなの?
庶民の私の知ってる椅子と違う。
私は軽く周囲を見回した。
広い部屋。
豪華な食器。
完璧なメイド。
そして目の前にはご馳走。
なんというか。
本当に異世界のお姫様になってしまったらしい。
「お口に合いますと幸いです」
ミゾレが静かに頭を下げる。
「いただきます」
私は意を決してナイフとフォークを手に取った。
まずは一番気になっていたオムレツへ。
表面は綺麗な黄金色。
ナイフを入れると、ふわりと湯気が立ち上った。
「おお……」
思わず感嘆の声が漏れる。
中はとろとろだ。
見ただけで分かる。
絶対美味しいやつだ。
私は小さく切り分け、その一口を口へ運んだ。
「……美味しい」
思わず声が漏れた。
ふわっふわだ。
中から濃厚なソースがとろりと溢れる。
な……何これ!
私の中の人生で食べたオムレツランキング、余裕で一位を更新するぐらいに美味しいっ!
「お気に召しましたか?」
「めちゃくちゃ美味しいっ!」
「それは何よりでございます」
ミゾレが少し嬉しそうに微笑む。
相変わらず可愛いなぁ。
いや、綺麗……?
ん……どっちだ?
いや、どっちもだ。
そんなことを考えながら、私は用意された他の朝食に手を伸ばした。
どれも驚くほど美味しくて、気付けば夢中になって食べていた。
その間もミゾレは一歩後ろに控え、必要な時だけ静かに給仕をしてくれる。
まるで高級ホテルの専属スタッフだ。
いや、王女付きの侍女なんだから、むしろそれ以上かもしれない。
時折視線を向ければ、ミゾレは穏やかな笑みを浮かべていた。
なんというか……落ち着く。
昨日目覚めてからずっと混乱の連続だったけれど、この人が側にいると少しだけ安心できる気がした。
そうして和やかな時間は過ぎていったのだった――。




