5:七日前
ミゾレの表情が、痛みを堪えるように曇る。
私は自然と息を呑んでいた。
「お嬢様は、城の地下にございます『封魔書庫』へ向かわれました」
「封魔……書庫?」
「はい。古い魔導書や、危険指定された術式が保管されている場所です。本来であれば、王族であっても許可なく立ち入ることはできません」
うわ、絶対ヤバいやつじゃん。
「ですが、お嬢様は誰にも告げず、そこである魔法の研究を行っておられたようなのです」
「ある魔法……?」
ミゾレは苦しそうに目を伏せる。
「詳細は、私にも分かりません。ただ……“死者に関する禁術”だったのではないかと……」
「――っ」
胸がざわつく。
死者。
つまり――。
「ガウェイン殿下……お兄様を……」
「……はい。お嬢様は、殿下を失われたことを深く悔やんでおられましたから」
部屋に重い沈黙が落ちる。
リアは兄を助けたかったんだ。
だから禁術にまで手を出したのか……。
「事故当日、地下書庫で大規模な魔力暴走が発生いたしました」
ミゾレの指先が、ぎゅっとスカートを掴む。
「凄まじい衝撃だったと聞いております。地下の結界が何重も破壊され、魔力が城内にまで吹き荒れました」
「……私、は……?」
「お嬢様は、書庫の最深部で倒れておりました」
その声は震えていた。
「全身に強い魔力障害を受け、呼吸も脈も極めて弱く……医師達ですら『助からないかもしれない』と……」
私は思わず喉を鳴らす。
「宮廷魔導師達による高位回復魔法、神殿の治癒術師による祈祷、希少な霊薬……考えうる限り、あらゆる手段が施されました」
ミゾレは静かに続ける。
「ですが、お嬢様は目を覚まされなかったのです」
そんな……。
「お身体の傷は癒えていきました。命の火も消えてはおりませんでした。けれど、意識だけが戻らない状態が続いていました……」
その言葉に、ぞくりと背筋が震えた。
まるで魂だけがどこかへ行ってしまったみたいな状態だったのか。
「医師達は、『精神そのものが深く傷付いている可能性がある』と申しておりました」
ミゾレは俯く。
「中には……『もう二度と目覚めることはないだろう』と口にする者も……」
「……っ」
「ですが、国王陛下は決して諦めませんでした。毎日のようにこの部屋へ足を運ばれ、お嬢様へ声をかけ続けておられたのです」
あの王様が……毎日。
脳裏に、目を潤ませていたあの姿が浮かぶ。
「私も……ずっと、お傍におりました」
ミゾレは小さく笑った。
けれど、その笑顔は今にも泣き出しそうだった。
「お嬢様の手を握って、『きっと戻ってきてくださる』と……そう信じておりました」
私は何も言えなかった。
だって……その『リア』は、もう――。
そこまで考えて、胸がぎゅっと痛む。
私は本当の『リア』じゃない。
でも……この人達が待ち続けていた存在の代わりに、今ここにいる。
ミゾレは涙を堪えるように目を細めた。
「……ですから」
「え?」
「お嬢様が目を覚まされた時、本当に……夢かと思いました」
ぽつり、と零れる声。
「私の名前を忘れてしまわれていても、今、隣で生きていてくださるだけで、私はとても嬉しいのです」
その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなる。
……だめだ。
こんなの……私まで泣きそうになるよ……。
私はぎこちなく笑って、泣きそうになるのを誤魔化すように頭をかいた。
「そ、そんな大げさだよ」
「大げさではございません!」
ミゾレはすぐに首を横へ振った。
「お嬢様が目を覚まされたと知った時、陛下は人目も憚らず涙を流されました。王宮の者達も皆、『奇跡だ』と……」
「うっ……」
プレッシャーがすごい。
いや本当に。
私なんて、ただの元アイドルでオタク寄りの一般人なんですけど……。
王女とか奇跡とか、荷が重い……。
でも――。
私はちらりとミゾレを見る。
彼女は今も、どこか不安そうな目をしていた。
きっとまだ怖いんだ。
また私が倒れるんじゃないかって。
また、消えてしまうんじゃないかって。
だから私は、なるべく安心させるように笑った。
「……とりあえず、今の私は元気だから」
「お嬢様……」
「記憶はないけど、私、そんなに絶望してる感じもしないし。前よりちょっと明るい『リア』になったってことで!」
自分で言ってて意味分からん。
けど、ミゾレは一瞬きょとんとしたあと――ふっと吹き出した。
「……ふふ」
「え?」
「申し訳ありません。ですが、そのようなお話し方をされるお嬢様は初めてで……」
あ、やば。
キャラ違った?
私は慌てて背筋を伸ばす。
「えっと、今のなしで――」
「いいえ」
ミゾレは優しく微笑んだ。
「私は、今のお嬢様も好きでございます」
「……っ」
不意打ちやめて!?
美人メイドにそんな顔で言われたら心臓に悪いんだけど!?
私は思わず視線を逸らした。
「……そ、そういうの、急に言うの反則だから……」
「失礼いたしました」
ミゾレはくすりと小さく笑う。
その微笑みがまた綺麗で、私は余計に落ち着かなくなった。
……なにこれ。
この人、絶対無自覚で人の心臓にクリティカル入れてくるタイプだ。
私は誤魔化すように軽く咳払いをした。
「えっと……今日は、もう寝るね。さすがに色々ありすぎて疲れたし……」
「はい。お身体もまだ万全ではございません。どうかご無理はなさらず。それと――」
ミゾレはそう言うと、ベッド脇の小さな丸テーブルへ視線を向けた。
そこには、銀色の小さなベルのようなものが置かれている。
「何かございましたら、そちらをお鳴らしください」
「ベル?」
「魔力を込めた呼び鈴型の魔道具でございます。お嬢様がお使いになれば、私の元へ音が届きますので」
「へぇ……便利……」
とてもファンタジーだ……。
いや、今さらだけど。
私が感心していると、ミゾレは静かに頭を下げた。
「今夜は隣の別室で待機しております。ですので、どのような些細なことでも遠慮なくお呼びください」
「……隣の部屋にいるの?」
「はい。お嬢様のお傍にいるのが、私の役目ですから」
さらっと言うなぁもう……! 心臓に悪いってば!
でも――。
目を覚ましてからずっと不安だった胸の奥が、少しだけ温かくなる。
知らない世界。
知らない身体。
知らない人たち。
それなのに、この人がいるだけで、『一人じゃない』って思えた。
「……ありがと、ミゾレ」
「……っ」
一瞬だけ、ミゾレが眼を見開く。
その綺麗な眼からは涙がほんのり溜まり、そして、また少し泣きそうな顔になっているのを私は感じた。
けれどすぐに表情を和らげ、優しい声で私に言ってくれた。
「では、おやすみなさいませ。お嬢様」
「うん。おやすみ、ミゾレ」
部屋の灯りが静かに落とされる。
扉が閉まる直前。
黒髪の美人メイドは、こちらを見てほんの少しだけ微笑んだ。
その優しい笑みに包まれながら、私はゆっくりと瞼を閉じた――。




