4:魔王
「……この世界では、遥か昔より“魔王”と呼ばれる存在が人々を脅かしておりました」
ミゾレの声は静かだった。
けれど、その一言だけで部屋の空気が少し重くなる。
「魔王は強大な魔力を持ち、多くの魔物を従えており、人々は長い年月、魔王軍との争いを続けてまいりました」
私は黙って耳を傾ける。
……魔王。
ゲームやアニメで何度も聞いた単語なのに、今は妙に現実味があった。
「ルミナリア王国も例外ではございません。幾度となく魔物の襲撃を受け、多くの兵士や民が命を落としてきました」
ミゾレは胸元で手を重ねる。
「ですが、半年前……戦いは大きく動きました」
「……」
「魔王が、討伐されたのです」
私は小さく息を呑む。
つい最近じゃん。
「討伐したのは、“白銀の英雄”と呼ばれたお方……」
ミゾレはゆっくりと顔を伏せた。
「リアお嬢様の実の兄君。第一王子ガウェイン殿下でございます」
「……お兄……様?」
思わず漏れた声に、ミゾレは静かに頷く。
「はい。ガウェイン殿下は誰よりもお強く、誰よりも民を想っておられました。騎士達の憧れであり、国民にとっても希望そのもののようなお方でした」
その口調には、深い尊敬が滲んでいた。
……そんな人が、私の兄。
けれど。
私は、嫌な予感を覚えていた。
「……でも」
ミゾレの瞳がわずかに揺れる。
「魔王との戦いは、凄惨を極めたと聞いております」
彼女は言葉を選ぶように、ゆっくり続けた。
「ガウェイン殿下は……ご自身の命と引き換えに、魔王を討ち果たされたのです」
「――っ」
胸が詰まる。
部屋が、急に静まり返った気がした。
「……亡くなった、の……?」
「……はい」
ミゾレは静かに目を伏せる。
「殿下は最後まで国を、人々を守り抜かれました。そして……二度と戻っては来られませんでした」
私は言葉を失った。
知らない人のはずなのに。
会ったこともないはずなのに。
胸の奥が、じくりと痛む。
まるで『リア』の感情が、どこかに残っているみたいに。
「魔王が倒され、多くの者がこれで平和になると信じておりました」
ミゾレは窓の外へ目を向けた。
青空の向こうを見つめるように。
「ですが……現実はそう甘くはありませんでした」
「え……?」
「魔王軍は壊滅したわけではなかったのです。各地には未だ多くの魔族や魔物、残党兵が存在しております」
その声音には、拭い切れない不安が混じっていた。
「魔王を失ったことで統率は乱れました。ですが、その分だけ各地で暴走や襲撃が増え……今なお争いは続いております」
「そんな……」
「国境付近では今も小規模な戦闘が絶えません。街道を魔物が襲うこともございますし、魔王軍残党による破壊工作も確認されております」
私は知らず知らずのうちに拳を握っていた。
ファンタジー世界だー!って浮かれてたけど、この世界は全然、平和じゃない。
「そして……」
ミゾレは一瞬だけ言葉を止める。
「ガウェイン殿下を失われてから、お嬢様は変わってしまわれました」
「……っ」
「ご自身を責めておられるようでした。『自分がもっと力を持っていれば』と……何度も」
私は息を呑む。
リアは……兄の死を、背負っていたんだ。
「それ以来、お嬢様は無理を重ねるようになられました。眠る時間も削って魔法の研究を続けられ……周囲が止めても聞いてくださらなくて……」
ミゾレの声が少し震える。
「そして、七日前――」
そこで彼女は言葉を止めた。
まるで、その先を口にするのを躊躇うように。
「お嬢様が、地下の書庫室で意識不明の重体で発見されたのです――」




