表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/8

3:ルミナリア王国

 ――その瞬間。


 メイドさんの表情から、ふっと血の気が引いた。


「……っ!」


 銀のトレイがかすかに揺れ、ティーカップが小さく音を立てる。


「お、お嬢様……それは……本当でございますか……?」


 震える声。


 私は内心で「ごめん!」と全力土下座しながらも、表面上は不安げな顔を作って小さく頷いた。


「名前は……たぶん『リア』なんだろうな、っていうのは分かるの。でも、それ以外が曖昧で……」


「……っ」


 メイドさんは唇を引き結び、何かを堪えるように目を伏せた。


 や、やばい?

 

 これ重すぎた?


 すると彼女はすぐにハッとしたように顔を上げ、深く頭を下げた。


「も……申し訳ございません! お嬢様がお苦しみの最中だというのに、取り乱しました……」


「い、いや! そんな!」


 むしろこっちが取り乱してる。


 メイドさんは胸に手を当て、静かに微笑んだ。


「ですが……お命が無事だっただけでも、奇跡でございます」


 その言葉に、私は少しだけ胸が引っかかった。


 ……やっぱり、かなり危ない状態だったんだ。


 メイドさんはベッド脇の椅子へ静かに腰掛ける。


「無理に思い出そうとなさらないでくださいませ。医師も、『強い衝撃のあとには記憶が混乱する場合がある』と申しておりました」


 おお、めちゃくちゃ都合がいい。


 異世界医療ナイス。


 私は慎重に探りを入れることにした。


「……あの」


「はい、お嬢様」


「もし良ければ……色々、教えてもらってもいい?」


 メイドさんは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、それから優しく頷いた。


「もちろんでございます」


 助かったぁぁぁ!!


 私は心の中でガッツポーズを決める。


 メイドさんは一礼すると、改めて口を開いた。


「改めまして。私はお嬢様付き侍女のミゾレと申します。幼い頃より、お嬢様のお世話を任されております」


 ミゾレ。


 綺麗な人だけど、名前まで綺麗だった。


 というか今、さらっと聞き流しかけたけど。


 幼い頃より?


 それってつまり、この身体の持ち主とはかなり長い付き合いってことでは?


 家族同然とまではいかなくても、相当近しい存在のはずだ。


 まずいな……記憶喪失でもないのに別人だと気付かれたら、色々と面倒なことになりそうだ。


 私は余計なことを口走らないよう注意しながら、できるだけ自然な顔で頷いた。


「ミゾレ……」


「はい」


「えっと……ここは、どこ?」


 ミゾレは少し困ったように笑った。


「ここはルミナリア王国、王宮二階のお嬢様の寝室でございます」


 ルミナリア王国。


 よし、異世界確定。


 日本じゃない。


 王国! ファンタジー! キタ――――!!


 私は真面目な顔を保ちながら、内心ではテンションが爆上がりしていた。


 ミゾレは説明を続ける。


「お嬢様はルミナリア王国第一王女。国王陛下の娘であらせられます」


「第一王女……」


 思わず復唱する。


 え、待って。


 私、想像以上にすごい立場では?


 モブ転生じゃないの!?


 ミゾレはどこか誇らしげに微笑んだ。


「民からも大変慕われております。お優しく、誰にでも分け隔てなく接してくださるお方ですから」


 ……うっ。


 急にプレッシャーが。


 前世アイドルだったとはいえ、王女経験ゼロなんですが?


 愛想笑いなら得意だけど、国を背負う系は聞いてない。


 私は冷や汗をかきながら、さらに気になっていたことを口にした。


「ね、ねえミゾレ?」


「はい、お嬢様」


「この世界って……魔法、あるの?」


 その瞬間。


 ミゾレがきょとん、と目を丸くした。


「……はい? ございますが……」


 あるんだ!?


 私は思わず身を乗り出しかけた。


「ドラゴンとか!?」


「りゅ、竜種のことでしょうか……? はい、一応は存在しておりますが、人里へ現れることは滅多にありません」


「エルフは!?」


「おります」


「きたぁぁぁ……!」


 思わず叫んだ。


 ミゾレが完全に困惑している。


 やばい。


 テンションがオタクそのものになってた。


 私は慌てて咳払いした。


「ご、ごめん……なんか、その……少し安心しちゃって」


「安心……でございますか?」


「う、うん」


 いや安心どころか大興奮なんだけど。


 するとミゾレは、どこかほっとしたように柔らかく微笑んだ。


「……お嬢様が、そのように元気なお声を出されたのは久しぶりでございます」


「え?」


「事故の前は、ずっと思い詰めておられましたから」


 その言葉に、私は目を瞬かせた。


「……思い詰めてた?」


 ミゾレはハッとしたように口を閉ざす。


「あ……も、申し訳ございません」


 空気が少しだけ変わった。


 さっきまで穏やかだった彼女の瞳に、わずかな陰が差す。


 ……なんだろう。


「ねぇ……ミゾレ」


「……はい、お嬢様」

 

「もし良かったら……事故の前、何があったか教えて」


 どうしても気になった私は、思わず聞いてしまった。


「ご……ごめん! 話したくないなら無理に話さなくてもいいから!」


「いえ……大丈夫です。しかし……」


「しかし……?」


 ミゾレは言葉を切ったまま、ぎゅっと唇を噛み締めた。


 その細い肩が、かすかに震えている。


 まるで……口にしてはいけないことを前にしているみたいに。


「……私は、あの事故の出来事をお話しする事で、お嬢様がまた苦しまれるのではないかと……それが怖いのです」


「え……?」


「事故の前のお嬢様は、とてもお辛そうでした。眠れぬ夜も多く、食事もほとんど喉を通らず……」


 ミゾレの声は、どこか痛みを堪えるように震えていた。


「だから……せっかく今、お嬢様が笑ってくださっているのに……過去を思い出すことで、また以前のようになってしまわれたらと……」


 私は思わず目を伏せた。


 ……そんなに。


 本物のリアは、そんな状態だったんだ。


 知らないはずなのに、胸の奥が少しだけ締め付けられる。


「……ミゾレ」


 私はできるだけ優しく、安心させるように声をかけた。


「大丈夫だよ」


「お嬢様……」


「怖いことかもしれないけど……ちゃんと知りたいの。私は、私のことを知らなきゃいけないと思うから」


 それに――と、私は小さく笑う。


「今の私の傍には、ミゾレがいてくれるし」


 その瞬間。


 ミゾレの紫水晶のような瞳が、大きく揺れた。


 驚いたように、そして少しだけ泣きそうに。


「……本当に、お嬢様はとても優しいお方なのですね」


「そ、そうかな?」


「はい。以前のお嬢様と何も変わらず……本当にお優しい。本当に……」


 ミゾレは静かに息を吸う。


 覚悟を決めるように。


 そして、ゆっくりと語り始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ