1-34:夢
国王達が去った後。
部屋には再び静かな時間が流れていた。
窓の外では夜風が木々を揺らし、かすかな葉擦れの音だけが聞こえている。
リアはベッドの上で膝を抱えながら、その音に耳を傾けていた。
「ねぇ、ミゾレ」
「はい、お嬢様」
傍らに控えていたミゾレが優しく返事をする。
リアは少しだけ迷うように視線を落とした。
だが、すぐに顔を上げる。
「私ね」
「はい」
「夢が出来たの」
ミゾレがわずかに目を見開く。
「夢、ですか?」
「うん」
リアは自分の胸に手を当てた。
そこには今も温かな何かが残っている。
あの歌を歌った時に感じたもの。
みんなの笑顔。
みんなの涙。
そして――希望。
リアはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私、初めて見たんだ」
「?」
「王国の人も、帝国の人も、動物達も」
思い出す。
戦場で笑い合っていた人々を。
「本当なら戦っていた人達が、一緒になって笑ってた」
その光景は今でも鮮明だった。
「みんな苦しかったはずなのに」
「……」
「悲しかったはずなのに」
リアは微笑む。
「私の歌を聞いて、笑ってくれた」
胸が熱くなる。
「それがすごく嬉しかったんだ」
その笑顔は眩しいほどだった。
「だから私、決めたの」
真っ直ぐ前を見る。
「これから私の歌で、たくさんの人を笑顔にしたい」
「お嬢様……」
「苦しんでる人に希望を届けたい」
言葉にする度に気持ちが形になっていく。
「悲しい人を元気にしたい」
「……」
「寂しい人に、一人じゃないって伝えたい」
リアは拳を握る。
その瞳には強い光が宿っていた。
「だから私――」
一度深呼吸して。
少しだけ照れ臭そうに笑う。
「この世界の『アイドル』になる!!」
「『アイドル』……ですか?」
ミゾレが首を傾げた。
この世界の住人には聞いたことのない単語だった。
「うん!」
リアは元気よく頷く。
「『アイドル』っていうのはね――」
元の世界でアイドルをしていた時の自分を思い出すかのように話しだす。
「歌ったり踊ったりして、たくさんの人を笑顔にする人達のことなの。そして、みんなの憧れになったり、勇気や元気を届けたりする唯一無二の存在!」
リアは満面の笑みを浮かべた。
「私もこの世界で、そんな存在になりたい!」
ミゾレは静かに聞いていた。
その夢がどれほど大切なものなのか伝わってきたからだ。
「そしてね」
リアは少しだけはにかむ。
「出来たらミゾレ……」
「はい。何でしょう?」
「私の……この夢を叶える手伝いをしてほしいの! お願いっ!」
ミゾレの目が優しく細められる。
「もちろんでございます」
即答だった。
「お嬢様の夢は私の夢でもあります」
「ミゾレ……」
「どこまでもお供いたします」
柔らかな笑顔。
「何があろうとも」
「えへへ」
リアも嬉しそうに笑った。
そして何気なくベッド横の時計を見る。
「あ」
思わず声が漏れる。
もう少しで日付が変わる時間だった。
「もう、こんな時間だったんだ」
「気付けば夜も更けておりますね」
「じゃあ私、そろそろ寝るね」
そう言うと、ミゾレは少しだけ寂しそうな顔をした。
「そうですね」
小さく微笑む。
「お嬢様の体調も、まだ万全ではありませんし」
「……」
「本日はお休みになられた方がよろしいでしょう」
その表情を見て、リアは何となく察した。
「ねぇ、ミゾレ」
「はい?」
「少し耳貸して」
「耳、ですか?」
ミゾレは少し困惑しながらも顔を近付ける。
「このような感じでしょうか」
「うん」
リアはごくりと唾を飲み込んだ。
そして。
そっと身を乗り出す。
ちゅっ。
軽い音。
リアの唇がミゾレの頬へ優しく触れた。
「――え」
ミゾレが固まる。
完全停止。
思考停止。
ぽかんと口を開けている。
リアは耳まで真っ赤になりながら、上目遣いで視線を向けた。
「きょ……今日はこれでも……いいかな……?」
沈黙。
一秒。
二秒。
三秒。
そして。
ぶしゅっ!!
「え?」
ミゾレの鼻から勢いよく鮮血が噴き出した。
「お嬢様から……」
ふらり。
「お嬢様からのキス……」
ぐらり。
どさっ。
「ミ……ミゾレぇぇぇぇぇぇ!?」
盛大に倒れた。
完全に気絶している。
「ミ、ミゾレ!?」
リアが慌てて揺さぶる。
「しっかりしてぇぇぇぇ!」
しかし反応はない。
だが、ミゾレはとても幸せそうな顔だった――
◇◇◇
その後、リアの悲鳴をたまたま廊下で聞きつけた使用人が慌てて駆けつけて、そのままディアインへ報告してくれた。
その数分後――。
「あらあら」
ディアインが苦笑しながら部屋へ入ってきた。
「この子は全くもう」
慣れた手付きでミゾレを背負う。
「ディアイン……」
「ご安心ください」
ディアインは優しく微笑んだ。
「気絶したこの子を運ぶのは慣れてますので」
「そ……そうなんだ……」
リアは呆然とした。
「はい。それはもう。この子が見習いの時は魔法の訓練後や慣れない仕事の後は、いつもこうして気を失って倒れていましたので」
気絶したミゾレを背負うディアイン。
どこか呆れながらも優しいその表情。
その様子を見たリアは、この二人……まるで本当の親子のようだな、とそんな風に思えた。
「ミゾレはきちんと部屋まで送りますので」
ディアインが言う。
「お嬢様は心配なさらず、お休みくださいませ」
「ありがとう」
リアは微笑んだ。
「じゃあ、おやすみなさい」
「はい」
ディアインも柔らかく微笑む。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
そう言って部屋を後にした。
扉が閉まる。
今度こそ本当に一人だった。
静かな夜。
リアはベッドへ横になる。
天井を見上げた。
「色々あったなぁ……」
思わず呟く。
この世界へ来た日のこと。
ミゾレとの出会い。
王城での生活。
ガロウ軍の襲撃。
そして――。
歌を歌ったこと。
その歌でみんなが笑ってくれたこと。
それで争いを止める事が出来たこと。
国王……お父さんに自慢の娘だと言ってもらえたこと。
胸の奥がじんわり温かくなる。
「アイドルかぁ……」
自分で言って少し恥ずかしくなった。
でも、不思議と後悔はない。
この世界で、やりたいことが見つかった。
進みたい道が見つかった。
これから大変なこともあるだろう。
失敗もするかもしれない。
泣く日だってあるかもしれない。
それでも――。
「頑張ろう」
小さく呟く。
自分の歌で。
誰かを笑顔にするために。
誰かへ希望を届けるために。
この世界で自分だけの夢を叶えるために。
窓の外では夜空の星々が静かに輝いていた。
まるで新しい旅立ちを祝福するように。
リアは目を閉じる。
心地良い眠気が意識を包み込んでいく。
その唇には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
少女はまだ知らない。
その夢が、やがて世界中の人々を笑顔にし、希望を灯し、そして歴史に名を刻むほど大きな奇跡へ繋がっていくことを。
これは、一人の少女が夢を見つけた夜の物語。
そして――。
未来へ続く、新たな物語の始まりだった。




