2-1:標的
――裏世界
魔族たちが支配する、闇の国。
空は常に紅黒く染まり、大地には瘴気が漂う。
この世界にある国家の一つ――魔艶王国
その王国の真ん中に存在する、巨大な白とピンクを基調とした城。
その最奥にある、禍々しい魔力が渦巻く玉座の間には、数え切れないほどの男魔人たちが跪いていた。
誰一人として顔を上げようとはしない。
視線の先には、幾重にも続く階段の頂。
そこには玉座ではなく、一つの祭壇が設けられていた。
祭壇の上に腰掛ける、一人の少女。
年の頃は十代半ばほど。
華奢な身体をぶらぶらと揺らしながら、退屈そうに頬杖をついている。
その左右には、まるで影のように佇む二人の女性。
一人は子供のような無邪気な笑みを浮かべている美女。
もう一人は妖艶な笑みを絶やさない美女。
二人とも微動だにせず、少女だけを見守っていた。
そして、一人の魔人がゆっくりと前へ進み出る。
「ウユ様、ご報告がございます」
少女――『ウユ』は、面倒くさそうに視線だけを向けた。
「なぁに? つまんない報告だったら承知しないわよ?」
口元には、小悪魔のような笑み。
魔人は一度深く頭を下げる。
「先日、ガロウ帝国が、とある国に戦いを挑み、そして……敗北いたしました」
その報告を聞いた瞬間――
「……ぷっ」
ウユは吹き出した。
「くくっ……あはははっ!」
高らかな笑い声が玉座の間に響く。
「へぇ~~? あのガロウがぁ? 負けたぁ?」
くすくすと肩を震わせながら笑う。
「冗談としては百点満点ねぇ♪」
しかし、その桃色の瞳だけは笑っていなかった。
「で?」
細い指を顎に当てる。
「どこの国に負けたのかしら?」
「……ルミナリア王国にございます」
ぴくり。
その名を聞いた瞬間、ウユの眉がわずかに動いた。
「……ルミナリア?」
先ほどまでの笑みが少しだけ薄れる。
「続けなさい。」
魔人は息を飲みながら続けた。
「ガロウ帝国はルミナリア王国に敗れ、そして……ルミナリア王国の傘下へ入ったとの情報が入っております」
「…………」
沈黙。
数秒。
誰も口を開けない。
そして……
「…………は?」
ウユは目を丸くした。
「ガロウが?」
信じられないものを見るような表情。
「あの脳筋バカが?」
さらに確認するように問い掛ける。
「それに、傘下に入ったって……負けたなら普通、全滅、全員死んでるでしょ?」
「はい……本来ならば」
「本来ならば? じゃあ何? まさか戦ったやつら全員、生きているとかいうんじゃないでしょうねぇ?」
魔人は震える声で答える。
「それが、その……ガロウ含め全員、生きているとの事です。」
「…………」
「それどころか、生存者は全員……魔王様から受けた呪いが解かれているという噂です」
その一言で、空気が凍りついた。
「………………は?」
ウユの笑みが完全に消える。
「呪いが……解けた?」
信じられない。
あり得ない。
あれは魔王自らが刻んだ絶対の呪い。
死以外で解放されることなど存在しない。
「……ばかな」
ぽつりと漏れる声。
「そんなこと……ありえない。」
玉座の間を静寂が包む。
誰も息をすることすら許されない。
やがて、ウユは俯いたまま肩を震わせ始めた。
「……くっ」
小さな笑い声。
「……くくっ」
徐々に大きくなり。
「あははははははははっ!!」
狂気すら感じさせる高笑いが響き渡る。
ウユは立ち上がり、大きく澄んだ桃色の瞳を妖しく輝かせた。
「面白い……!」
笑みは獲物を見つけた肉食獣そのもの。
「面白いわぁ、ルミナリア王国♪」
ゆっくりと両手を広げる。
「決ぃめたぁ♪」
その笑みは、子どもが新しい玩具を見つけた時のように無邪気で、同時に、世界を滅ぼしかねないほど危険だった。
「今度の標的は、アンタたちよぉ。『ルミナリア王国』」
舌なめずりをするように、笑いながら言った。
「さぁさぁさぁ! ルミナリア王国へ向かう準備をしなさぁい。我が下僕たち♪」
玉座の間にいた魔人たちは、一斉に頭を垂れた。
「「「はっ!!」」」
こうして、裏世界の王国――魔艶王国を統べる少女・ウユは、新たな遊び相手としてルミナリア王国を選んだのだった。




