1-31:終戦
――最後の曲が終わる。
音楽が静かに止まった。
けれど、誰もすぐには声を出せなかった。
余韻。
感動。
幸福。
様々な感情が胸いっぱいに広がり、誰もがその奇跡のような時間を噛み締めていた。
そして、ステージの中央で、リアが満面の笑みを浮かべる。
「みんなーーー!!」
マイクを握り締め、大きく手を振る。
「今日は本当にありがとーーー!!」
その言葉が響いた瞬間――
ドォォォォォォォォォッ!!
空間そのものを震わせるような大歓声が巻き起こった。
割れんばかりの拍手。
熱狂的な歓声。
鳴り響く口笛。
誰もが声の限り叫び、全力でその想いを返す。
「リア様ぁぁぁぁ!!」
「最高だったぞーーー!!」
「ありがとうーーー!!」
王国兵も。
帝国兵も。
獣人も。
エルフも。
そして動物達までもが。
種族も立場も関係なく、皆が笑顔だった。
戦争も憎しみも忘れ。
ただ今だけは、一人の少女のライブを楽しんだ観客として、心からの歓声を送っていた。
そんな光景を見つめながら、リアは嬉しそうに微笑む。
そして最後に、大きく手を振った。
「またねーーー!!」
パァァァァァァァァッ――!!
刹那。
ステージを中心に黄金の光が爆発するように広がった。
眩い輝きが世界を包み込む。
照明も。
観客席も。
果てなく広がっていたライブ会場さえも。
すべてが光の中へ溶けていく。
視界が真っ白に染まる。
歓声が遠ざかる。
音楽が消えていく。
まるで長い夢が終わりを迎えるように。
そして――。
次の瞬間。
「……え?」
ミゾレは思わず目を瞬かせた。
そこに広がっていたのは、先ほどまでの煌びやかなステージではない。
砕けた大地。
崩れた城壁。
戦いによって荒れ果てた戦場。
激戦の爪痕が色濃く残る、見慣れた光景だった。
無数の照明も。
鳴り響いていた音楽も。
空を埋め尽くしていた歓声も。
すべて消えている。
まるで最初から存在しなかったかのように。
残っているのは、胸の奥に刻まれた温かな余韻だけだった。
そして、ミゾレの視線の先にある黄金の光の中から、一人の少女が現れる。
リアだった。
「お嬢様!」
ミゾレは迷わなかった。
一直線に駆け出す。
「お嬢様ぁぁぁ!!」
ミゾレは弾かれたように駆け出した。
そして次の瞬間。
勢いそのままにリアへ抱きつく。
ぎゅうっ――。
まるで二度と離すまいとするかのように。
「ミゾレ!?」
リアが目を丸くする。
だが、すぐに気付いた。
抱き締める腕が震えていることに。
肩が小刻みに揺れていることに。
「よかった……」
掠れた声。
今にも消えてしまいそうなほど弱々しい声だった。
「本当に……よかった……」
ぽろり、と。
ミゾレの瞳から涙が零れ落ちる。
「ご無事で……本当に……」
自分を抱き締めながら泣くミゾレを見て、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
そして思い出す。
倒れていくミゾレを。
血に染まった姿を。
それでも最後まで自分を守ろうとしてくれた背中を。
「……っ」
リアの瞳が揺れる。
ずっと大丈夫だと思っていた。
信じていた。
ミゾレならきっと大丈夫だと。
けれど本当は怖かった。
もしミゾレがいなくなったら。
もし、もう二度と会えなくなったら。
考えないようにしていただけだった。
だから、こうして再び温もりを感じた瞬間。
張り詰めていたものが一気に崩れた。
「ミゾレ……」
震える声で名前を呼ぶ。
そして、リアはそっとミゾレを抱き返した。
優しく。
けれど強く。
自分も離したくないと言うように。
「ミゾレも……」
声が震える。
「ミゾレも無事で良かったぁ……」
その瞬間、大粒の涙が溢れた。
「本当に……良かったぁ……」
ぽろぽろと涙が零れ続ける。
もう止められなかった。
嬉しくて。
安心して。
会えたことがたまらなく嬉しくて。
リアは子供のように泣きながらミゾレを抱き締める。
ミゾレもまた、そんなリアを抱き締め返した。
二人はしばらく何も言わなかった。
ただ互いの温もりを確かめるように。
生きて再会できた奇跡を噛み締めるように。
いつまでも抱き合っていた。
すると、そんな二人へ。
「おい」
低い声が掛かる。
ガロウだった。
リアが振り向く。
ガロウはじっと少女を見つめる。
先ほどまで戦場で見ていた少女とは思えなかった。
小柄で、泣き虫で、どこにでもいそうな少女。
だが、間違いない。
あの奇跡を起こした存在だ。
「さっき歌ってたのはアンタか」
リアは涙を拭いながら笑う。
「うん、そうだよ!」
その笑顔は眩しかった。
ガロウは少しだけ目を伏せる。
「俺は――」
言葉を選ぶ。
「この王国を滅ぼそうとした」
拳を握る。
「そして、そこにいるメイドを本気で殺そうとした」
重い声だった。
「だから――」
謝罪しようとした、その時。
リアが首を傾げた。
「ねぇ」
「……あ?」
「私のライブ、どうだった?」
一瞬。
ガロウは呆気に取られた。
「は?」
「楽しかった?」
リアは真っ直ぐ聞く。
まるでそれ以外はどうでもいいと言わんばかりに。
ガロウは呆然とした後。
やがて小さく笑った。
そして。
「ああ」
声が微かに震える。
「最高だった」
目尻から涙が零れる。
「今までの人生で一番楽しかったぜ」
拭っても拭っても涙が止まらない。
「本当に……ありがとな」
その言葉に、リアは満面の笑みを浮かべた。
「そっか!」
太陽のような笑顔。
「それなら良かった!」
まるでそれだけで十分だと言うように。
その時だった。
「ふむ」
威厳ある声が響いた。
振り向けば、そこには国王がいた。
その隣にはディアインの姿もある。
「お父さん!」
リアが声を上げる。
ガロウは国王を見つめた。
「あんたが国王か」
「そうだ」
国王は静かに頷く。
ガロウは一歩前へ出た。
そして深く頭を下げる。
「俺達が今までしてきた事は決して許されることじゃねぇ」
その声に迷いはない。
「様々な国を襲い略奪をし、多くの命も奪った。そして今日もこの王国を滅ぼそうとした」
拳を握り締める。
「どんな罰でも受ける覚悟はある」
ガロウはゆっくりと頭を下げた。
これまで誰にも見せたことのないほど深く。
誇り高き帝王としてではなく、一人の罪人として。
「だから頼む」
声が震える。
「仲間達だけは見逃してやってくれ」
握り締めた拳から血が滲みそうなほど力が入る。
「全部、俺が始めたことだ。だから責任は全て俺にある」
そしてガロウは静かに言った。
「どんな裁きも受ける。だから……あいつらだけは助けてやってくれ」
ガロウは頭を下げ続けた。
「全部俺の責任だ」
周囲が静まり返る。
その時だった。
「ガロウ様!」
後方から声が響いた。
ガロウが振り返る。
そこには帝国軍の獣人達が立っていた。
「なに勝手に全部背負おうとしてるんですか!」
「そうです!」
一人の獣人が前へ出る。
「我々はあなたに従っただけではありません」
力強く首を振った。
「自らの意思で我々は戦ったのです」
別の獣人も前へ出る。
「責任を負うべきなのは陛下だけではありません」
「俺達も同罪だ」
「そうだ!」
獣人達、動物達、そうガロウに付き従っていた者達全員が次々と声を上げる。
誰一人として視線を逸らさない。
「俺達も一緒に罰を受ける!」
「罪を背負うなら全員で背負う!」
「今さらガロウ様だけに押し付けられるかよ!」
その言葉にガロウは目を見開いた。
「お前ら……」
獣人の一人が苦笑する。
「俺達は仲間でしょう」
もう一人も笑った。
「今さら一人で格好付けないでくだせぇ」
ガロウの喉が震える。
言葉が出ない。
そんな彼らの姿を見ながら、国王は静かに目を細めていた。
そして国王は静かに口を開いた。
「その通りだ」
厳しい声だった。
「其方らが今までしてきた事。そして今日の侵略行為。それらは決して許されることではない」
ガロウは黙って聞く。
どんな罰が下されようとも受けるを覚悟していた。
それがたとえ死刑でもーー。
「だからこそ」
国王は一歩前へ出る。
「私自ら罰を下しに来たのだ」
その瞬間。
「お父さん!」
リアが慌てて飛び出した。
ガロウの前へ立つ。
「やめて!」
両手を広げる。
「この人達はもう悪い人達じゃない!」
「リア」
「お願い!」
必死だった。
「この人達を助けてあげて!」
そんな娘を見て、国王は苦笑する。
「まぁ落ち着け、リア」
優しく微笑んだ。
「話は最後まで聞くものだぞ」
「……えっ?」
リアがきょとんとする。
国王はガロウへ向き直った。
「ガロウ」
「……何だ」
「其方らへの罰を言い渡す」
国王は堂々と宣言する。
「今後、其方らガロウ帝国はルミナリア王国の傘下へ入れ」
ガロウが目を見開く。
「なに……?」
「そして王国の盾となれ」
国王は続ける。
「国境を守り、民を守り、そして我が国の未来を守れ」
静かな声だった。
だが重い。
「これまで破壊してきた命の分だけ、これからは命を救え。そして、これまで奪ってきた分だけ、これからは守り続けろ」
国王は真っ直ぐ見据える。
「これが其方らへの罰だ」
誰も言葉を発しない。
静寂。
その中で、ガロウが震える声で言った。
「そんな……ことで……いいのか?」
信じられないという顔だった。
「俺達は許されないことをしたんだぞ」
「だからこそだ」
国王は即答した。
「死んで終わる方がよほど楽だろうよ」
ガロウの肩が震える。
「だが、其方らには生き続けて、未来永劫、この国を守り続けてもらう」
国王は力強く告げる。
「生き続けて、その罪を一生かけて償いたまえ」
その言葉を聞いた瞬間。
ガロウの瞳から涙が溢れた。
「ああ……」
震える声。
「ああ……約束する」
涙が止まらない。
「必ず守る」
顔を上げる。
「命に代えても守ってみせる」
国王は静かに頷いた。
そして、ガロウに手を差し出す。
ガロウもその手を掴む。
固く。
強く。
二人は握手を交わした。
その光景を見ながら、リアは安心したように胸を撫で下ろす。
「良かった……」
ぽつりと呟く。
本当に良かった。
誰も死なずに済んだ。
戦争も終わった。
皆が笑顔になれた。
だから、安心したのだろう。
その瞬間。
ふらっ――。
「……え?」
リアの身体が傾いた。
視界が揺れる。
力が入らない。
「お嬢様!?」
ミゾレが叫ぶ。
だが遅い。
リアの意識はそこで途切れた。
ぱたりと倒れ込む。
「リア!!」
「お嬢様ぁぁぁぁぁっ!!」
戦争が終わった戦場に、今度はミゾレ達の悲鳴が響き渡ったのだった。




