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1-27:魔核解放

 ブンッ――!!


 金色の獣腕が乱暴に振り抜かれる。


「――ッ!!」


 ミゾレの身体が宙を舞った。


 そのまま。


 ドォォォォォン!!


 ミゾレの身体が地面へ叩き付けられる。


「がはっ……!」


 口から鮮血が溢れる。


 腹部を貫かれた傷からも大量の血が流れていた。


 しかし、ガロウは目を見開いていた。


「……こりゃ驚いた」


 感心したような声。


「今ので心臓を潰したつもりだったんだがな」


 ミゾレの瞳が揺れる。


「……」


「まさか、あの一瞬で急所を避けるとはよ」


 獣のような笑み。


「大したもんだぜ」


 ミゾレはゆっくりと顔を上げた。


 そして、その姿を見て息を呑む。


「そ……その姿は……」


 ガロウの全身が変貌していた。


 黄金色の体毛。


 筋肉はさらに膨れ上がり、全身が岩のように隆起している。


 鋭利な牙はより長く、赤い瞳は血のように輝き、両手の爪は大剣のように伸びていた。


 その姿はまるで――伝承に語られる神話の狼王。


 人と獣の境界を超えた怪物だった。


 周囲へ放出される魔力だけで大地が軋む。


「《魔核解放(オーバーブレイク・コア)》……って知ってるか?」


 ガロウが笑う。


 それを聞いたミゾレの表情が変わった。


「まさか……!」


 それは世界中の最上級クラスの魔導士ですら滅多に扱えない術。


「そう、これは自身の魔核を保護している層を破壊し、一時的に魔力放出量を飛躍的に増加させる高等魔法…だ」


 ミゾレの声が震える。


「ですが、それは――」


「ああ」


 ガロウが笑う。


「禁術だ」


 魔核を守る層は本来、自分自身では壊せない。


 だからこそ、この魔法を使用できる者は極めて少ない。


 そして何より、一度破壊された層は二度と元には戻らない。


 層が破壊され、露出された魔核は少しずつ崩壊へ向かい、術者の寿命を大幅に削る。


 そう、まさに命を燃料にする諸刃の剣のような術だ。


「はぁっ……はぁっ……」


 ミゾレは腹部を押さえながら苦しそうに息を吐く。


「じ、自身の寿命を……削ってまで……」


 声が震える。


「そこまでして……勝ちたいと、いうのですか……っ!」


 ミゾレが叫ぶ。


 しかし、ガロウは鼻で笑った。


「命?」


 赤い瞳が細まる。


「そんなもん知ったことか」


 膨大な魔力が噴き上がる。


「俺はなぁ」


 獣の口が裂ける。


「今、お前を殺して」


 一歩踏み出す。


 地面が爆発した。


「この国を滅ぼして」


 もう一歩。


「満たされたいんだよ」


 ドォォォォン!!


 衝撃波が戦場を揺らした。


「もっと――」


 ガロウが笑う。


「もっと俺を楽しませろォォォォォ!!」


 ガロウが咆哮する。


 次の瞬間――その姿が掻き消えた。


 いや、消えたように見えただけだ。


 ガロウは常人の視界では捉えきれない速度で、一気に距離を詰めていた。

 

「ッ!!」


 ミゾレは咄嗟に防御結界を展開する。


 何重もの魔法陣。


 王級魔法すら防ぐ鉄壁の防御。


 だが、ガロウの拳が振り抜かれた瞬間。


 バキィィィィィィン!!


 結界が一撃で全て砕け散った。


「なっ――」


 ミゾレの顔が凍り付く。


 次の瞬間。


 ドゴォォォォォン!!


「かはっ!!」


 拳が腹部へ突き刺さった。


 ミゾレの身体が砲弾のように吹き飛び、何百メートルも先まで弾き飛ばされ、大地を転がる。


「ぐっ……!」


 速い……速すぎる。


 先程までとは比較にならない。


 力も、速度も、魔力量も。


 全てが別次元だった。


「ハハハハハハッ!!」


 ガロウが迫る。


 拳。


 蹴り。


 爪撃。


 衝撃波。


 容赦のない猛攻。


 ミゾレは防御魔法を展開し続ける。


 しかし、全ての防御魔法が一瞬にして砕かれる。


 バリン!!


 バキィ!!


 ドォォォン!!


「がっ……!」


 鮮血が地面を赤く染める。


 呼吸をするだけで激痛が走った。


 身体はとうに限界を超えている。


 意識も朦朧としていた。


 それでもミゾレは立ち続ける。


 ただ一人の主人を守るために。


 その背後にある王国を守るために。


 だが――無情にも限界は訪れる。


 震えていた脚がついに耐えきれなくなった。


 膝が折れる。


 王国最強のメイドは、ついに地へ膝をついた。

 

「……っ」


 身体が動かない。


 魔力も尽きかけている。


 視界がぼやける。


 遠くでガロウが笑っていた。


「もう終わりかぁ?」


 ミゾレは答えない。


 いや、答えられない。


 薄れゆく意識の中、最後に浮かんだのは。


 大好きな主人の顔だった。


「り……あ……お嬢、様……」


 震える唇から掠れた声が漏れる。


 その言葉を最後に、ミゾレの身体が崩れ落ちた。


 ドサッ――


 戦場が静まり返る。


◇◇◇


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 避難所中に響き渡る悲鳴。


 それは悲鳴というより、絶叫そのものだった。


 目の前の光景が信じられない。


 信じたくない。


 映像の中では、ミゾレが血塗れのまま地面に倒れている。


 動かない。


 起き上がらない。


 いつも自分の傍にいてくれたミゾレが。


 今はただ、力なく倒れていた。


「うそ……」


 震える声が漏れる。


「うそ……うそだよね……?」


 視界が滲む。


 涙が止まらない。


 呼吸が上手くできない。


 胸が苦しい。


 心臓が壊れそうなくらい暴れている。


「ミゾレ……」


 足が震える。


 頭の中が真っ白になる。


「起きてよ……」


 震える声で呟いた。


「起きてよぉ……!」


 涙が次々と零れ落ちる。


 だが、映像の中のミゾレは動かない。


 返事もない。


 笑ってくれない。


「嫌だ……」


 声が震える。


「嫌だ……嫌だ……嫌だ……!」


 頭を横に振る。


 認めたくなかった。


 受け入れたくなかった。


 胸の奥から込み上げる恐怖が全身を支配していく。


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 悲鳴にも似た叫びが避難所に響き渡る。


 叫び声を聞いた周囲の人々が一斉に振り返った。


 だが、そんな視線など目に入らない。


 リアの瞳に映るのはただ一人。


 血に染まり、膝をついたミゾレだけだった。


「ミゾレ……」


 震える声で、その名を叫ぶ。


 届くはずのない場所へ。


「ミゾレぇぇぇぇ!!」


 返事はない。


 それが余計に怖かった。


 頭の中には最悪の想像ばかりが浮かぶ。


「駄目……!」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。


「私が行かなきゃ……!」


 今すぐ。


 今すぐ行かなきゃ。


 ミゾレを助けなきゃ。


 ひとりにしちゃ駄目だ。


「ミゾレのところに行ってくる!!」


 半ば叫ぶようにそう言うと、リアは避難所の出口へ向かって駆け出そうとした。


「お嬢様!」


 ディアインがリアの腕を強く掴む。


「離してっ!」


「今、あちらに行くのは危険です!!」


「嫌ぁぁぁっ!!」


 リアは涙を流しながら腕を振り回す。


 ディアインの拘束が一瞬緩んだ。


 その隙を逃さず、リアは強引に腕を引き抜き、駆け出した。


「ミゾレぇぇぇ!!」


 悲鳴にも似た叫びを残し、リアは避難所を飛び出した。


「おっ、お嬢様!!」

 

 ディアインも慌てて追いかける。


 しかし、外へ飛び出した瞬間――


「……え?」


 ディアインは思わず足を止めた。


 視界の先にいるはずの姿がない。


 つい今さっきまで、自分の目の前を走っていたはずの少女……リアの姿がどこにも見当たらなかった。


「お嬢様……?」


 反射的に周囲を見回す。


 だが、見つからない。


 目の前には真っ直ぐな一本道が伸びているだけ。


 曲がり角はない。


 物陰もない。


 身を隠せる場所など一つも存在しない。


 それなのに――


 リアは消えていた。


 まるで煙のように。


 まるで最初からそこにいなかったかのように。


「な……」


 ディアインの喉が震える。


 理解が追いつかない。


 リアがどれほど急いでいたとしても、この一瞬で視界から完全に消えるなどあり得ない。


 額を冷たい汗が伝う。


 顔から血の気が引いていくのが自分でも分かった。


「何が……起こったのですか……?」


 呆然と呟く。


 返事はない。


 ただ静かな風だけが吹き抜け、誰もいなくなった通路を撫でていった。


 その場には、不気味な静寂だけが残されていた。


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