1-25:対決
戦場には沈黙が落ちていた。
王国軍の防衛線は崩壊。
立っている者は僅か。
その中心で、ガロウが黒槍を肩に担ぎながら獰猛に笑う。
「さて――」
赤い瞳が残された兵士達を見回す。
「そろそろ終わりにするかぁ、なぁ野郎ども」
ガロウの背後では魔人達が下卑た笑みを浮かべていた。
巨大な魔獣達も牙を剥く。
「皆殺しだぁ!」
「王国を焼き払えぇ!」
「ヒャハハハハッ!!」
絶望が広がる。
誰もが死を覚悟した、その時だった。
『――万剣黒鎖天牢』
凛とした声が空から響いた。
「……あ?」
ガロウが空を見上げた、次の瞬間――
空が黒く染まった。
いや、違う。
何千。
何万。
数え切れないほどの黒剣が天を埋め尽くしている。
「なっ――」
そして。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
黒い剣の豪雨が降り注いだ。
「ギャアアアアアア!?」
「な、なんだこれはぁぁ!?」
「避け――」
魔人達の悲鳴が響く。
魔獣達も逃げ惑う。
だが間に合わない。
降り注ぐ黒剣は容赦なく彼らを貫いていく。
しかし。
「チッ!」
ガロウだけは違った。
黒槍を振るう。
薙ぎ払い、弾き、砕く。
凄まじい速度で飛来する剣を次々と迎撃していく。
一本も身体に触れさせない。
まさに怪物じみた反応速度だった。
だが、ガロウ以外の魔人と魔獣達は違う。
全員が黒剣に貫かれていた。
そして――
ギギギギギギギッ!
刺さった黒剣が変形する。
「なっ!?」
黒い刃は砂のように砕け散ったかと思えば、その一片一片が蠢くように形を変え、禍々しい黒鎖へと変貌した。
一本ではない。
二本。
三本。
十本。
百本。
生み出された無数の鎖が蛇のようにうねりながら四方八方から襲い掛かる。
腕へ。
脚へ。
胴へ。
首へ。
逃がすまいとする意思を持つかのように絡み付き、瞬く間に全身を縛り上げていく。
重なり合う鎖はさらに増殖し、幾重にも巻き付き続ける。
その姿はもはや拘束具などではない。
巨大な牢獄そのものだった。
「ぐおおおおおおお!?」
「外れねぇぇぇぇ!!」
「鎖を切れぇぇぇ!」
魔人達が暴れ、魔獣達も咆哮する。
しかし、鎖はびくともしない。
それどころか――
「な、なんだ……?」
「力が……抜ける……」
「魔力が……消えていく……」
拘束された者達の顔色がみるみる悪くなっていく。
膨大だった魔力が吸い上げられているのだ。
ガロウの表情が初めて険しくなった。
「な……なんだこれはァァァァァ!?」
怒号が響く。
「誰だァァァァァァ!! 誰がやったんだァァァァァァ!!」
その時、戦場の上空から声が返ってきた。
「その魔法を使用したのは私でございます」
全員が空を見上げる。
そこには。
漆黒の翼を広げる一人の女性。
風になびく美しい黒髪。
黒と白のメイド服。
静かな瞳。
まるで夜空から舞い降りた死神のような姿。
そう――ミゾレだった。
「おぉぉぉぉ!!」
「ミゾレ様だ!!」
「王国最強のメイドが来てくださったぞ!!」
王国軍から歓声が上がる。
避難所でも歓喜の声が広がった。
ミゾレはゆっくりと地上へ降り立つ。
ガロウが睨み付けた。
「これをやったのは、テメェか……!」
殺気が吹き荒れる。
「この魔法はなんだぁ!? 何なんだぁぁぁぁ!?」
ミゾレは静かに答えた。
「この魔法は、最上級闇属性拘束魔法――《万剣黒鎖天牢》」
黒い鎖を見ながら続ける。
「この魔法によって生み出された黒剣に刺さった対象は、その剣が変化した鎖によって拘束されます」
「拘束だけじゃねぇだろうが!」
「ええ」
ミゾレは頷く。
「その鎖は対象の魔力を吸収することで形成されております」
魔人達が絶望の表情を浮かべた。
「つまり拘束されればされるほど、魔力を失い続けます」
「ふざけんな……!」
「やがて衰弱し、戦闘不能となるでしょう」
そして、ミゾレは微笑んだ。
「しかし、ご安心ください」
「……あ?」
「これは拘束魔法ですので死には至りません」
穏やかな口調。
「皆様には少々大人しくしていただくだけでございます」
「な……」
ガロウの顔が引きつる。
「なんだよ……それ……」
その肩が震えていた。
◇◇◇
「すごい……」
私は思わず立ち上がっていた。
ついさっきまで握り締めていた拳のことも忘れて。
涙で滲んでいた視界も忘れて。
ただただ映像に映るミゾレから目が離せなかった。
「ミゾレ……」
震える声が漏れる。
戦場では無数の魔人や魔獣が拘束されていた。
あれほど暴れていた怪物達が、まるで赤子のように身動き一つ取れなくなっている。
しかも、それを成し遂げたのはたった一人。
私の専属メイド。
いつも隣にいてくれるミゾレだった。
「ミゾレ……本当に凄い……!」
胸が高鳴る。
思わず頬が緩む。
先ほどまで心を押し潰していた恐怖や不安が、一気に吹き飛んでいくようだった。
ガロウが現れた時は終わりだと思った。
王国軍は壊滅。
ガロウによる猛攻撃はもう誰にも止められない。
そんな絶望が避難所全体を覆っていた。
けれど今は違う。
戦場の中央にはミゾレがいる。
それだけで不思議と大丈夫だと思えた。
「助かった……!」
誰かが安堵の声を漏らす。
「まだ希望はあるぞ!」
「勝てる……! これなら勝てるかもしれない!」
避難所のあちこちで歓声が上がった。
泣いていた子供達が顔を上げる。
怯えていた人々の表情にも光が戻る。
誰もが映像の中の黒髪メイドへ視線を向けていた。
まるで闇夜を照らす一筋の光を見るかのように。
「ミゾレ様ぁぁぁ!」
「お願いします!」
「王国を救ってください!」
歓声は次第に大きくなっていく。
絶望に支配されていた避難所は、いつの間にか希望に包まれていた。
そして私もまた、誰よりも強く願っていた。
――頑張れ、ミゾレ。
――絶対に帰ってきて。
大切な人の姿を見つめながら、私は胸の前でぎゅっと両手を握り締めた。
◇◇◇
一方。
ミゾレはガロウへ視線を向けていた。
「これで貴方一人になりました」
静かな声。
「負けを認め、大人しく降伏しなさい」
戦場が静まる。
誰もが決着を予感した、その時――
「く……」
ガロウの震えが大きくなる。
「くく……」
肩が揺れる。
「くはっ……!」
そして。
「ハハハハハハハハハハハハハッ!!」
大爆笑した。
ミゾレが僅かに眉をひそめる。
ガロウの赤い瞳は興奮で爛々と輝いていた。
「そうかよ……!」
槍を構える。
「そうかよォォォ!!」
全身から凄まじい闘気が噴き出した。
「やっと見つけたぞォォォォ!!」
溢れる闘気で地面が砕ける。
「強ぇ奴をよォォォォォ!!」
ドォォォン!!
一瞬で消えた。
そして、次の瞬間にはミゾレの目の前に現れ、黒槍が唸りを上げ、突き出されていた。
だが。
ヒュン――
ミゾレの姿が霧のように消える。
槍は空を切った。
「ほぉ!?」
ガロウが笑う。
そして振り返ると、そこには既にミゾレの姿があった。
「流石でございますね」
そう言うミゾレの手のひらには、いつの間にか黒い魔法陣が展開されており、魔法陣の中心では濃密な闇が渦を巻き、禍々しい力を凝縮させている。
やがて、その魔法陣から巨大な漆黒の鎌が現れた。
その漆黒の鎌の名はーー《死神大鎌》。
見る者全てに死を連想させる禍々しい武器。
ミゾレは、その大鎌を手に取り構えた。
「こりゃ驚いたぜ。あの死神の鎌までも扱えるっていうのかよぉ……面白ぇ!!」
ガロウが地面を蹴った。
爆発したかのように大地が陥没し、その巨体が一瞬で間合いを詰める。
唸りを上げる槍。
一直線に放たれた刺突は、空気さえ貫く凶弾だった。
だが――
黒い鎌が迎え撃つ。
ギィィィィィィン!!
金属同士が激突した瞬間、凄まじい衝撃波が周囲へと炸裂した。
大地がひび割れ、土砂が吹き飛ぶ。
常人なら視認すらできない速度。
槍が閃く。
鎌が弾く。
さらに槍が迫り、鎌が迎え撃つ。
その度に衝撃波が生まれ、周囲の地面が次々と陥没していく。
「ハハハハハッ!!」
ガロウは狂喜していた。
獣のような笑みを浮かべながら、槍を縦横無尽に振るう。
「最高だァァァ!!」
鋭い薙ぎ払い。
続けざまの突き。
さらに回転しながらの蹴り。
どれも必殺級の一撃だった。
「楽しいっ!」
轟音と共に蹴りが炸裂する。
「楽しいっ! 楽しいっ!!」
攻撃を繰り出すたびに笑みが深まる。
まるで戦いそのものを心から楽しんでいるかのように。
「今、最高に楽しいぞォォォォ!!」
ミゾレはその猛攻を捌きながら問い掛けた。
「理解できません」
「何がだぁ?」
「なぜ、貴方達は人間を襲うのですか」
鎌が閃く。
「なぜ、様々な国を滅ぼそうとするのですか」
ガロウは槍で受け止めた。
そして、少しだけ笑みを消した。
「……理由か」
赤い瞳が遠くを見る。
「だったら教えてやるよ」
黒槍を肩へ担ぐ。
「俺が魔人になった理由をな」
戦場の空気が変わった。
その時、ガロウの表情から、ほんの少しだけ狂気が消えていた。
そうして、ガロウは自らの過去を語り始めた。




