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1-22:魔人と魔獣

 訓練所へ向かう途中、私はふと前に聞いた話を思い出した。


「そういえば、前に魔王軍の残党が今でも人を襲ったりしてるって言ってたよね?」


「はい」


 ミゾレが頷く。


「魔王討伐後も、各地に散った魔人や魔物による被害は続いております」


「やっぱり完全にはいなくなってないんだ……」


 魔王が倒されたら全部解決するものだと思っていた。


 けれど現実はそんなに単純じゃないらしい。


「それでちょっと気になったんだけど」


「なんでしょうか」


「魔王軍ってどんな種族がいたの?」


 私は興味津々で尋ねる。


「例えば、スライムとかオークとかゴブリンとか……そんな感じのやつ?」


「魔王軍の種族……でございますか?」


 ミゾレは少し表情を引き締める。

 

「そうですね……その説明をするには、まず闇の世界――《アンダー・ワールド》についてお話しする必要がございます」


「アンダー・ワールド?」


「はい」


 歩きながらミゾレが語り始める。


「この世界には我々が暮らす表世界とは別に、魔族達が支配する闇の世界が存在しております」


 異世界らしい話だ。


 思わず耳を傾ける。


「そこには大きく分けて三種類の存在がおります」


 ミゾレが指を一本立てた。


「魔族」


 次に二本目。


「魔人」


 三本目。


「そして魔獣でございます」


「へぇ」


 ミゾレはそう言うと、空中に魔法液晶の画面を浮かび上がらせた。


 そこには様々な姿の魔族達が映し出される。


「一口に魔族と申しましても、その種類は多岐にわたります」


 最初に映ったのは、黒い翼を持つ人型の存在。


「こちらは悪魔族。高い魔力と知性を持つことで知られております」


 次に現れたのは、赤い瞳と美しい容姿を持つ者達。


「こちらは吸血鬼族。夜を支配する長命種でございます」


 さらに巨大な角を持つ戦士。


「続いてデーモン族。圧倒的な身体能力を誇る戦闘種族です」


 次々と映像が切り替わっていき、様々な魔族が映し出されていった。


 獣のような特徴を持つ魔族。


 闇そのもののような影の魔族。


 竜に近い姿を持つ魔竜族。


 うわぁぁぁっ!!


 私は内心で大興奮していた。


 悪魔! 吸血鬼! デーモン!


 ファンタジー作品でよく見る人気種族のオンパレードじゃないか!


 なにそれ超見たい! 超会ってみたい!


 思わず身を乗り出しそうになる。


 しかし――


「そして彼らは古来より表世界を憎み続けております」


 ミゾレの声がわずかに低くなった。


 先ほどまで説明していた時とは違う。


 どこか警戒を含んだ声音だった。


「種族によって思想や文化に違いはございますが、多くの魔族は人間達が暮らす表世界を敵視しております」


 空中の映像も切り替わる。


 燃える城塞。


 進軍する魔族達。


 黒い旗を掲げた軍勢。


 魔族――


 確かに格好いいし、ロマンもある。


 けれど、この世界の人々にとって魔族とは、物語の中の存在ではなく、現実に脅威となる存在なのだ。


「そして、魔族のほとんどが表世界を滅ぼし、自らが世界の支配者となることを悲願としております」


 なるほど。


 ゲームでいう魔族そのものだ。


「じゃあ魔人と魔獣は?」


「元々は別の存在でございます」


「別の存在?」


「魔人は元々、人間や獣人、エルフなどの人型種族」


 私は思わず足を止めそうになる。


「えっ?」


「そして魔獣は元々、普通の動物達でございます」


「ちょ、ちょっと待って」


 思わず聞き返した。


「そ……それってどういうこと?」


 ミゾレは静かに答える。


「魔人、そして魔物は魔族が用いる呪いによって変異させられた存在だからです」


 その言葉に胸がざわついた。


「それって無理やり姿を変えられたってこと……?」


「はい」


 ミゾレは頷く。


「肉体は異形へと変えられ、心は闇に蝕まれていき、大切な記憶も感情も少しずつ失われ、最後には自らの意思さえ奪われたまま、闇の力に従うだけの存在となるのです」


「そんな……」


 思わず顔をしかめる。


 私は、魔人や魔獣は恐ろしい存在だと思っていた。


 でも、今の話を聞く限り――


「被害者じゃん……」


 ぽつりと呟く。


 ミゾレは何も言わない。


「ねぇ……助けられないの?」


 自然と口から出た。


「元に戻す方法とかないの?」


 一瞬だけ沈黙が流れる。


 そして。


「ございます」


 ミゾレは答えた。


 私はぱっと顔を上げる。


「本当!?」


「ですが――」


 その声は重かった。


「極めて困難です」


 期待した気持ちが少しずつ沈んでいく。


「一度、魔人や魔獣となった者を救う方法は二つだけ」


「二つ?」


「一つは、討伐して命を絶つこと」


 私は息を呑んだ。


「そしてもう一つは、神聖魔法以上の浄化魔法によって呪いを解呪することです」


「じゃあ後者なら……!」


「しかし、成功した例は今まで、ほとんどございません」


 ミゾレは首を横に振った。


「そんな……」


「現在では実質不可能と考えられております」


 胸が苦しくなった。


 元は普通の人だったのに。


 元は普通の動物だったのに。


 呪われて化け物にされて。


 最後は討伐されるしかないなんて。


「ひどい……」


 気付けば目頭が熱くなっていた。


「お嬢様……」


「だって」


 声が少し震える。


「そんなの、あんまりだよ……」


 ぽろりと涙が零れた。


 自分でも驚くほど悲しかった。


 助けたい。


 でも助けられない。


 その現実が苦しかった。


 すると、そっと頭に温かな感触が触れる。


 ミゾレだった。


 私の頭を優しく頭を撫でてくれている。


「お嬢様は本当にお優しい方でございます」


「……」


「だからこそ、魔人、魔獣の成り立ちに悲しまれるのでしょう」


 ミゾレの声は穏やかだった。


「ですが、そのお気持ちは決して無意味ではございません」


「え?」


「いつか救う方法を見つけたいと願う者がいる限り、可能性はゼロにはなりませんから」


 私は涙を拭う。


「……うん」


 少しだけ元気が出た。


 すると――


「おや」


 ミゾレが足を止める。


「訓練所に到着いたしました」


「え?」


 顔を上げる。


 そこには昨日訪れた巨大な訓練施設があった。


「いつの間に!?」


「お話に夢中でございましたから」


 確かに。


 全然、気付かなかった。


 そして、私は頬を軽く叩く。


「よし!」


 気持ちを切り替える。


「悲しい話は一旦置いといて!」


 両拳を握りしめる。


「今日は魔法の練習するぞー!」


 創造魔法。


 ロマンの塊。


 昨日は一回しか使えなかった。


 今日はもっと色々試してみる。


「まずは何を作ろうかな!」


 そんなことを考えながら訓練場へ足を踏み入れた――


 その瞬間だった。


 ドォォォォォォンッ!!!!


「――え?」


 凄まじい轟音が響いた。


 次の瞬間。


 王宮全体が大きく揺れる。


「きゃっ!?」


 思わずよろめく。


 天井のシャンデリアが激しく揺れた。


 訓練施設の壁も震えている。


「な、何!?」


 そして。


 ギィィィィィィィィィィン――!!


 耳をつんざくような警報音が王宮中に鳴り響いた。


 今まで聞いたことのない音。


 明らかに異常事態だ。


 ミゾレの表情が一瞬で変わる。


 優雅なメイドの顔ではない。


 それは今まで見たことがない、周囲の僅かな異変すら見逃さぬ、研ぎ澄まされた表情だった。


「お嬢様、私の後ろへ」


「ミゾレ……?」


 その時、訓練施設の扉が勢いよく開いた。


 一人の騎士が飛び込んでくる。


「緊急報告!!」


 息を切らしながら叫ぶ。


「王都西方に大規模転移反応を確認!」


 騎士の顔は青ざめていた。


「敵軍です!」


 訓練所の空気が凍り付く。


「まさか……」


 ミゾレが低く呟く。


 騎士は震える声で続けた。


「確認された旗印は黒狼の紋章――!」


 その言葉を聞いた瞬間、ミゾレの瞳が見開かれた。


「ガロウ軍が王国へ侵攻を開始しました!!」


 平和だった王都の朝は、たった今、この瞬間に終わりを告げたのだった。

 

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